何かを乗り越えた後には爆弾発言が投下されるしフラグも立つ
俺達は教会の出口――門扉の前に立っている。ケイトの背中には気を失った少女がロープで括り付けられた状態で背負われ、姫様は外へと『目』を飛ばしていた。
「――近場には見えないわね。そこら中に穴があるから――多分、全部あの芋虫モドキが抜け出て、外の人を取り込んでたのかしら?」
「でかかったですからねえ。そんなところでしょうね」
大分成長していたあいつは俺達が地下で物色している間に色々周辺を片付けていたらしい。
「ともかく出てすぐどうこうってことはなさそうね」
「それで――次はどうするんですか?」
「そうね――でも、その前に」
姫様は俺の方を向いて問い詰めるように、睨みつけてきた。
「――マクリ、最後のあれは何?」
「ああ――『ヒールランチャー』ですか?」
ヒールランチャーと俺が命名した芋虫ゾンビを消滅させた技。聖結晶3つを消費してぶつける高威力広範囲の大技である。
「ぶっつけ本番でしたけど――上手くいきましたね。でも……」
俺は腰に下げた黒い杖を見つめる。
「すいません。壊れてないですけど――今日はもう、使えないみたいです」
俺は彼女に頭を下げる。
そう――この技を使った直後から、杖がオーバーヒートを起こしたかのように内部が熱を持ち、使用不可になったのだ。
強い――明らかに強い最強技であったが――反動は凄まじかったわけだ。
「――次は試す前に事前に教えなさい。この様子だと――本当に丸一日ぐらいは掛かりそうね」
「はい……」
「いくら強くてもそれ以外がおろそかになるなら本当に緊急用ね。私の許可なく使うことは禁止します。パーティーの生き死に関わるわ」
彼女の言い分は最もだ。丸一日かそれ以上、不死者に対するこのパーティーの最大火力を封印することになるのだ。勝手な行動は慎まなければならない。
「それで――どうするの?」
「今は――この小さいので何とかするしかないです」
俺が取りだしたのは詰所で拾った小型の杖だった。ハンドガンぐらいの大きさで、実際もその程度の単発弾が関の山である。
「ないよりマシ――ね。じゃあ作戦会議を済ませたら早めに行きましょう。もうすぐ、日が落ちてしまうわ」
「ええと、それで結局どこに?」
「はじめの質問ね。ケイト、地図」
「はい、姫様」
ケイトが取り出したスクロールの地図を俺は眺める。
「帝都――ですかこれ?」
中央に大きな通りがあり四方八方に道が分かれている。城は地図最上部にあり、その隣が今俺達がいる教会である。その周辺には一応堀があり、水が流れている。大きな橋が二つ架かっていて教会や城にはそこから入るらしい。
「城自体は高台にあるの、そこから下るようにして城下町ね」
「てことは、橋から出るんですか?」
「――ええ、その予定よ。それじゃケイト、ちょっと見てきてくれる? 何もいなければ合図を送って」
「ええ、姫様」
そう言うとケイトは扉を開けて慎重に外へと出る。
するとすぐに、姫様はなぜか、俺の顔を、神妙な顔で見つめてきた。
「何か?」
「マクリ、宝物殿で貴方に言ったことを覚えてる?」
「はあ――まあ」
ゾンビが伝染した方法――だったか。
「どうしてこれほどまでに早く、ゾンビ化が蔓延したのか、その仮説よ。これは――大事な話だから出る前に言っておくわ」
姫様はゆっくりと息を吸うと、努めて抑揚のない声で語りだした。
「時間が無いから結論から入るわ。――これは、私は呪いだと思っています。それも『六大教の信者』にだけ掛かる、ね」
「え――でもそれは……おかしくないですか? だって、姫様は……」
この国の王族だ。つまり、六大教を信仰しているはずである。しかし、次の言葉は驚くべきものだった。
「――言ってなかったわね。私は六大教の洗礼を受ける前に――『異教の神の洗礼を受けています』」
俺は思わず彼女の顔を凝視する。
「え――その、お姫様。ご冗談ですよね?」
「こんな時に冗談を言うほど酔狂じゃないわ」
彼女はもう一度、俺の目を真っすぐ見据え直す。それが、真実だと言うように。
「昔、私が地方療養している際の家庭教師――その方が異教徒でした」
「え、ええ……」
「先生は異教徒だったのです。私はその教えに感銘を受け、彼に洗礼を受けました」
「んな――」
姫のあり得ぬ告白に、俺は何と答えたらいいのか分からない。
「わかる、マクリ? 私が六大教の信徒ではなく、私が『異教徒』だということが重要なのよ」
姫の目線と俺のそれがぶつかる。その時姫の言わんとしていることが、なんとなく俺にも伝わった。
「――異教徒も、信者でない者も、ゾンビになってないから」
「そうよ」
そう言うと姫は未だ眠っている少女を見つめる。
「彼女は洗礼前だった。だからこそ、呪われずこうして生き残っている」
「だけど、ケイトは六大教の信徒では? その理屈はおかしいかと――」
俺は一応抗議の声を上げる。そう、ケイトだけが例外なのだ。
「でも、私の考えは恐らく間違っていないわ。何か、特別な事情があってケイトは例外になった。だから、もしかしてその条件を満たしてしまったらケイトは――ゾンビになるかもしれない」
俺はその言葉を聞き、ぐらり、とよろける。
もしかしたらこの後ケイトはいきなりゾンビになることがあるかもしれない。
未だ原因のわからぬゾンビの大量発生――その不安の種の一つを俺達は抱えている。
信頼の厚い、騎士ケイトを俺達は不安があっても切ることは出来ない。だが、それを知ったら奴は――自害しかねない。
そう、だから今ケイトが離れた時を狙って、彼女は俺に告げたのだ。
「……大丈夫?」
「……え、ええ……でも」
それが真実だとしたら、納得いくこともあるのだ。
「だけど、俺もそう思います。普通にゾンビ物ってパンデミックする経緯があるし」
「パンデミ――?」
「ああ、爆発感染のこと……うちの地方じゃそういう言い方するんで。普通、一体のゾンビから感染拡大する場合はゆっくり広がるでしょ? でも、ゾンビ化を促す薬品や大量のガス――いや魔法の霧みたいなもので広げりゃ一気に増えるわけで」
疫病の類は大体そうだ。空気や飲み水から感染するような代物だったら、それこそ目も当てられない速度で広がる。だけどゾンビは相手を噛んで増えるはずなのだ。
一気に、それも大量に増えた理由――それは恐らく、噛んで増えた、では説明がつかない。
「増え方が雑過ぎるとは思ってたんですよ。そもそも聖職者だらけの都市が、そう簡単にゾンビの群れに沈むか? って話」
そう、ゾンビは不死の魔物の中ではかなり弱い方に含まれる。それがたとえ一気に現れたとしても、聖職者と騎士の群れに太刀打ちできたかと言われれば首を傾げざるを得ない。
「そう、今マクリが言ったように、呪いかなにかで一気に住民や兵士がゾンビ化したと考えるほうが自然よ。私たちはその例外だった。原因は今言った通りの――」
異教徒であるか、洗礼を受ける前の子供か――
「ケイトのことは――今は分からないから後回しにしましょう。とりあえず、今は出来るだけ『その状態』のままでいて」
「……了解」
ドライと言えばドライ、しかし現状を考えれば最善――そんなところだ。
もしかして――ゾンビになる条件を確かめるためにこの女の子を切り捨てずにいるのかもしれないという考えが湧いてきて、空恐ろしくなる。
考えすぎ――だといいけど。
「合図ね」
空に一筋の光が灯る。姫は申し訳なさそうに、俺を一瞥した。
「ごめんなさいね、でも――脱出の話をするために、これは必要な話だったのよ」
「そりゃあ……そうですね」
「城下町までこの呪いが広がっているのか、もしくは城だけなのか、それとも――」
「……外の世界――すべてがそうなったのか」
言い辛そうな姫に代わって、俺は言葉を続けた。
「その場合、逃げ場がないですね。どうしますか?」
話だけすれば何と絶望的な状況であろう。このリアリストなお姫様は一体どんな答えを返す気だろうか?
「目指すのはここよ」
姫は手に持つ地図上の一点を示す。
「ここは?」
「貧民窟――このゲリノスの下仕事ばかりを請け負う人たちの住むところよ」
それは街の右端――最も教会から遠い場所にあった。
その位置取りから、俺はとても嫌なものを想像する。
「下仕事って――そういう?」
「そう、動物の処理や、奴隷のあっせん業――そういう誰もやりたがらない仕事をする場所。『神に愛されてない』者たちが住まわされている区画よ」
※※※
ゲリノスの貧民窟――通称『鼠の巣』
一応、城下町に存在はしているが――ここは区画的に孤立している。まさに陸の孤島――周囲を湖が囲い、その中央に住人は隔離されているのだという。
その主たる理由は――彼らが『改宗したとされる元異教徒の奴隷』だからだ。
「六大教の一つ、ゲリノス大神は慈悲深い神とされ――教義には、みだりに生き物を傷つけ殺すな、とあるの。だから――信徒の代わりにそれを執行する人間が必要だったわけ」
「それで、そういう仕事を押し付けた奴らを押し込めた、と」
「そういうことよ。だからこそ――無事な可能性が高いわ」
確かに――と思う反面、吐き気がした。
「汚いね」
「おい、マクリ――」
橋の前で合流したケイトの咎めるような呼びかけに、俺は眉を顰める。
「しかし姫様、本当にそこが目的地で宜しいのでしょうか?」
異教徒だらけ――この情報で俺と姫はそこを目的地に選んだ。だけどケイトにはまだそれを伝えていない。どうするのかと思っていると……。
「ケイト、あそこは都から分断され、船でしか行けないところよ? 陸続きの都市が全滅していたら、そこが一番安全かもしれない、って考えるのは普通ではなくて?」
「……レオーネ様がそうおっしゃるのでしたら、私は付き従うのみですが……あの街の人間は……」
従順な騎士にも苦渋の表情が滲む。まあ、真面目な国家公務員的な騎士としては普通の反応かもしれない。
「ケイト、清廉潔白、慈愛を振りまく反面、裏では汚い部分を誰かに押し付ける。初めて外の人間が知ったら、そう思われても仕方ないわよ? このことではもう、言い争いはしないで」
「――は」
ケイトは不承不承な感じで押し黙る。
「ま、名目としては『改心した異教徒』も肝要に住まわせてあげている――ということだけどね。さて――ゲリノス大神のご都合主義はこの際議論せずに、結論だけ言うわよ?」
教義などどうでもいい――そんな不遜な態度を隠しもせず、姫様は言葉を続ける。
「つまり、ここは現時点でゾンビ化が進んでいない可能性がまだあるわ。目指すならここが第一候補よ」
「それはわかりましたけど――町が無事なら?」
「町の被害が軽微、もしくは生き残りが多いなら当然そちらで協力しましょう。だけど私の推測が当たり、見かける住人の多くがゾンビ化しているのだとしたら――戦うのは得策ではありません」
「逃げて、目的地を目指す、と?」
「そういうことね。というわけで、これが仮想ルートよ」
姫が示したルートは若干複雑だった。城下町に出て、人通りの少ない裏路地を中心に構成されている。その指先は大通りの先にある町を走る川を指さす。
「この川を目指すわ。これは湖に繋がっているし、そのまま川を下ればゾンビに襲われることも少ないはず」
ゴーン……。
その時遠くに、カルロス……じゃなくて、鐘の音が聞こえた。見ればもう、陽は傾き始めている。
「――四つ時ね。もう二時もすれば日が暮れる。急ぎましょう」
「了解」
ケイトと俺は頷き、ゆっくりと人通りのない裏道を進む。
俺は慎重に短杖を構え、何事もないことを――祈った。
※※※
「――ふう」
「そっちはどう、ガルド?」
「ああ、大丈夫だよ。しっかし――なんじゃこりゃ、この世の終わりかぁ?」
男は立ち上がり、先ほどまで人間だったものの成れの果てを見下ろす。
「急にゾンビになんぞなりやがるとはなあ――」
ガルドと呼ばれた褐色の男は綺麗に禿げ上がった自身の頭を撫でまわし嘆息する。
見下ろすのは向こう側の都市部から来た奴隷商の小太りの男と、数人の奴隷『だった』者だ。
彼らは船から荷下ろしされる際に、急に発狂したように生ける屍に成り果てたのだ。
今彼らはここ鼠の巣の港で、ゾンビ達を打倒したばかりだった。
「レイ、他に被害はないか?」
ガルドは、傍に立ちシミターを持つ長い黒髪を後ろで束ねた豊満な体つきの女性に話しかける。
「ないわ、今のところ大きな混乱はね。まったく――なんなのかしらねこれ?」
「さあな、だが、ちょいときな臭くなってきたみたいだぜ?」
ガルドが手に持った望遠鏡を都市部に向けると――混乱する世界が、彼の視界に飛び込んできたのだった。