パワーアップしたあとのボス戦はちゃんと倒せる仕様
「――何もいません」
宝物殿から出て周囲をケイトと俺が探索したが――例の怪物の姿はなかった。ただ周囲は破壊し尽くされていて、壁も床も天井も穴だらけである。
「じゃあ行きましょう。わかってるわね、皆」
俺達の報告を聞いてお姫様と少女は宝物殿の扉の外へと出る。
二人とも入った時とは服装が異なっている。姫は軽装のミスリル鎧に、少女はさらに軽装の綺麗な青みがかった皮鎧を身に着けている。
どちらも魔法の品のようで、防御効果が優れている――らしい。
ケイトはといえば鎧は替えず、サンブレードという対アンデッド用の武器を手に入れていた。
装備を整えている間、俺はケイトに「防具はよかったのか?」と訊ねると――
「この鎧は私のひい爺様の世代から家に伝わるものでな。プレートの裏に使い道のわからない魔法陣が描かれていて我が一族しか着こなせないようになっていて――騎士叙勲された時に、要らぬと言ったのだが爺様に押し付けられたものだ」
「……なんだか、呪いの装備みたいだな」
「はは、そう思われても仕方ないな。しかしこれはこれで着慣れているし、なによりわが身を守り続けてくれている。捨てられぬよ」
そう言って力強くケイトは微笑んだ。
さて、俺の装備はというと、この黒光りする謎の杖と――何か知らないが様々な護符を付けていた。どれも防御用であり、身代わりになってくれたりするらしい。鎧を装備しようかという案もあったが最終的には俺自身が断った。
どれも俺のサイズに合わなかったのもあるが、杖に魔力を集中するその一瞬に、少しでも他の重さを感じたくなかったのだ。この魔力集中という作業がかなり繊細で――さらにこの杖に変えてから、その比重が増えた。ならばと護符を頂いたわけだ。使い捨てだが、これが最も良いだろうという姫の判断だった。
そして俺の怪我だが――
「聖結晶2つ分もか――」
「大怪我だったのに綺麗に治ってよかったじゃない?」
「まあ、まだ少し痺れますけどね……」
黒い杖で自分に回復を撃ったところ、見た目だけは綺麗に傷は治っていた。
姫は内部の損傷は時間を掛けて治るもの、と言っていたが、これはかなり治りが早い気がする。もしかして、この黒い杖の効果なのだろうか?
「何か気になることがあるの?」
「ああいえ……何でもないです」
俺は杖から視線を外して『今』に集中することにした。
「何もいないわ。行きましょう」
魔力を回復した姫が水晶体を曲がり角に飛ばし先を見てくる。この魔法、俺と出逢った時にも使ったが、時間制限と距離制限が割ときついらしい。なのでピンポイントで使用することになっていた。今回は不意打ち対策だ。いきなり初見殺しで襲われては困る。何しろ相手はとんでもなく強い。
何事もなく俺達は先ほど奴に出逢った礼拝堂までたどり着いた。
「確認しますけど、出会ったら――逃げるで良いんですか?」
俺は宝物殿で決めた方針を確認する。
「ええ、逃げられそうならそうします。弾も勿体ないでしょう?」
「じゃあ閃光弾メインですね。撃ったら脇を抜けて外を目指すってことで」
もう一つだけ――少女に知らせていないことを目配せで俺達は確認する。そう――命の優先順位、姫だけは最優先である、と。
「どうしても戦闘が避けられない場合は倒すことを許可しますが、基本は逃げます。さあ、行きますよ」
水晶体による報告で何もいなかったと言われてはいたが、額面通り受け取るのはやはり怖い。俺は先に壊れた扉から中に入り、周囲を見渡す。壁、天井、何処にもその姿はない。
「――オールクリア、かな?」
後ろを見て彼女らに合図を送るとゆっくりと中に入って来る。
「もういないかもしれないな」
「希望的観測はよくないわよ、ケイト」
ミシリッ――
「――下だ!」
俺の言葉に少し遅れて、三人は散開する。礼拝堂の床がぶち抜かれ、石畳の破片が散乱する。
「来たか――」
地中から現れた白い巨体が俺の目の前に姿を現す。俺は黒い杖をライフルのように構え、ひき金を引いた。
「目を瞑って! 閃光弾!」
「うぎゃう!?」
瞼を閉じていても感じるほどの明るさ――ゆっくりと目を開けると、白い塊は視界を失ってその場に立ち尽くしている。俺達はその横を抜け――
「ちょ――」
「え!?」
「姫様!?」
姫さまが驚きの声を上げ、一瞬立ち止まる。俺がそちらを向くと――何と少女が彼女の手を振り切って、芋虫ゾンビへと駆け出していた。
「な、戻れ――」
彼女の見つめる先にある小さな――中年の男性の顔。それは娘を呼び寄せるように、妖しく蠢き――
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
血の涙を零し、絶叫した。
「――危ない!」
――あ、と思い駆け寄ってしまった瞬間――床から白い物が伸びるのが見えた。
瞬間――俺の視界が反転する。
「ぐはっ!?」
衝撃――跳ね飛ばされ――息が――詰まる。しかしそれも一瞬だった。護符が一枚裂け――光が俺の身体を包む。
「マクリ!」
「……床から触手伸ばしたのかよ」
見れば床から、まるでモグラたたきのモグラのように白く細い触手が無数に生えて辺りを包んでいる。
こいつ――成長してやがる。恐らく、ここに巣をつくっているようなものなのだろう。
「――やりますよ!」
逃げられないと判断した俺は魔力を杖に込め始める。そして杖から打ち出された光の軌跡は見事に――奴を貫いた。
「貫通弾――いけるね」
威力を高めた槍状の回復魔法。それは見事に奴の身体に穴をあける。欠点は――威力がでかすぎて撃ってから少し待たないと次が撃てないことだ。しかも威力のせいですぐに弾切れを起こしかねない。俺が上手く魔力をコントロールして、弾の形状を弄った結果、聖結晶一個で三発分程度――は撃てるようになっている。ちょっと気を抜くと消費が跳ね上がり、弾の形状もぼんやりとしてしまい貫通弾にならない。ただ単に魔力を込めればいいというわけではないから扱いが難しい。
撃たれた芋虫ゾンビはぐらりと揺れ――少女から一歩離れる。
「任せたぞケイト!」
その隙を逃さずケイトが少女の前に割って入る。俺は駆けより――少女の手を引くが、彼女は頑なにその場を離れようとしない。俺は――仕方なく彼女を庇うように後ろへと押しやる。
「はああああああああああああああああああ!」
ケイトの剣技が冴える。サンブレードは虹の光彩を描き、奴の触手を――身体を切り刻む。
「がああああああああああああああああああああ!」
奴の突進に今度はケイトが下がる。それを充填の終わった俺の散弾が割って入り、サポートする。
「ぎっ――がっ――」
散弾の威力も上がっている。この杖に換えてから弾数は減ったが、威力も距離も跳ね上がった。無数の散弾が奴の体表に小さな穴を大量に開け弾け飛ばす。俺は聖結晶を入れ替えながら、再びケイトと入れ替わる。
盾役のケイトと遠距離も可能な俺のヒットアンドアウェイで奴を確実に削っていく。お互いが入れ替わりで休みながら、奴の命数を削っていくのだ。次第に――奴の身体からは一体、また一体と白い肌の人間が力を失うように、ぼとり、ぼとりと剥がれ落ちていく。ゾンビの集合体――その化け物は確実に弱って来ていた。いける――これなら倒せるかもしれない。
「よし――」
俺はとどめを刺すべく貫通弾でもなく、散弾でもない――別の魔力の形状を杖に込め始めた。調整が難しく――撃つのに時間が掛かるのがこれの欠点だ。しかし――威力に関してはかなり自信があった。俺は集中し――
「あ――あ――――」
誰の叫び声か一瞬わからない。だが、確実にその『悲鳴』は礼拝堂に響く。新しい生存者か? と一瞬気を取られ、俺の視線がその主を確かめようと泳ぐ。それは――
「え――」
俺の助けた少女が、背後から泣きながら手を伸ばし――必死に、必死に口を動かしていた。
「――お――おと――う――」
――お父さん。
「――」
ハッキリと、彼女の叫び声がそう聞こえた気がした。
彼女の視線の先を見ると、芋虫の顔の一部に――中年男性顔があった。
――リョ――カ。
そうかすれた声で男性の口が動く。それに合わせたように、よろよろと少女が俺の前に出る。一歩、二歩、と歩き出したところで――
「だめだ」
俺は彼女の肩を押さえると、彼女は強く――強く抵抗する。
「――きっと、優しい人だったんだろうね」
「リョ――カ――」
涙を流すその中年男性の顔は――柔らかな笑みを浮かべ、彼女の名らしきものを呼ぶ。
「でも――」
わかる。いくら取り繕っても俺にはわかる。近所には良い顔をして――家では明確な害意を込めて俺を見つめていた――両親の目と同じだと。
「もう――違うんだ」
「リョカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
その顔は――血の涙を流し、牙を剥き――再びこちらへとその巨躯を躍らせる。
「ごめんね」
俺はもう一個聖結晶をカートリッジに放り込み――構える。
「喰らえ――」
「やああああああああああああああああああああああああああああ!」
少女の絶叫の中――俺は――目いっぱいの威力で魔力を解き放った。
ブクマ&評価ありがとうございます。
ちまちま書き足してますがちゃんと切りの良いところまであと2万文字ぐらい(現在78000文字ぐらいまでは書いてあります)書かないとあかん予定。