第6話_パンジーVS彼岸花
「あんたさ、マジでいい加減にしてよね!?」
「これ言うの初めてじゃねーから?」
目の前で怒鳴り声を出しているのはパンジー____
「うるせーな。何回、同じこと言うんだよ…。」
もう聞き疲れました。そう言わんばかりのうんざり顔をしているのは彼岸花___
らしい…
「奈々ちゃん!急ごう!」
そう言ったのはクローバーで、喧嘩祭りのイベント会場へ向かう足取りは軽やかだった。
___こいつは喧嘩祭りを楽しむ気だ_____
そもそも、喧嘩の仲裁など事情をよく知らない第三者が出しゃばるものではない。
ましてや、2人の友達でなければ、顔見知りですらない。
私のどこに喧嘩を止めてやる義理があるのだろうか____
喧嘩祭りの会場まで約10メートルをきった。
その時、私の中の緊急ブレーキが作動した。
”これ以上近づいてはいけない”脳がそう言っている。
「ちょっと、止めましょうよ。直に収まりますって。ってか、私が行くの変でしょ?」
クローバーに掴まれていた手首を振りほどき、歩くのをやめた。
すると突然、
「そんなこと無いよ!」
「パンジーが大きな声で怒鳴ってたら皆が迷惑だもん!やめさせないと!」
その馬鹿でかい声は私に向けられたものではないと、すぐに気がついた。
届けたい別の誰かに届いてしまった。________
「あぁ?なんだよ?」
その声は怒りを帯びた女の子のものだった。
その瞬間、さーっと血の気が引くのを感じた。
恐る恐る声の主を確認する。
パンジーだ。
「どうしたの?彼岸と喧嘩?」
「喧嘩じゃねーよ。注意だよ。」
彼女の怒りをもろともせず、クローバーはひょうひょうと話を続けた。
「あんまり大きな声で怒ってるもんだから、奈々ちゃんが心配できてくれたんだよ?」
おい!心の中で叫んだ_____。
「はぁ?誰だそいつ?」
クローバーの発言に「はぁ?」と言いたいのは私だ。
クローバーへの猛烈な怒りを感じたが、次の瞬間、ギャルの鋭い睨みで心は恐怖一色と化した。
「何があったんですか?」と言いなさい。
脳からの指令は喉まで届いていた。しかし、それを声帯が受け付けない。
「…」
何か言わなくちゃ…
頭では分かっているが、蛇に睨まれたかのように硬直してしまった。
「こらっ!八つ当たりじゃん!」
蛇の目を逸らしてくれたのはクローバーだった。
「どうしたの?何かあった?」
そして、私の台詞を代弁してくれた。
「お前に話してもしょうがねーだろ。冷やかしなら他所でやんな。」
”お前になんて教えねーよ”そんな口調でパンジーは言った。
そして、チラッと私の方を見た。
ギロリとした目と目が合った。____
何か言うべきなのか…。
謎の焦りに一人でうろたえていると、突然____
「おい!次は注意じゃ済まないからな!いい加減にしろよな!」
そう、彼岸へ吐き捨てて彼女はどこかへ行ってしまった。
薄紫色の綺麗な長いストレートヘアを揺らし、少し大またで歩いて行った。
「ねぇー彼岸。何したのぉー?」
彼女と喧嘩別れした男友達をおちょくるような口調でクローバーが言った。
「何もしてねーよ」
うるせーなと言いたげな口調で彼岸が返す。
「でも、パンジーすごく怒ってたよ?」
「あいつは365日怒ってんだろ。ほっとけ。」
その口調はまるで”俺のせいじゃない”と言いたげだった。
「パンジーが怒ってた件って、原因は彼岸じゃないの?」
「ちげーよ。ってか、もう、どうでもいいわ。」
「じゃあさ、パンジーの誤解を解かないと、また同じことで怒られるよ?」
「もう、何回も怒られてんだよ。」
何回も怒られてるんだ…。
自分が原因ではないのなら「違う」と言えばいいのに…
犯人の濡れ衣を何度も着せられて、なぜ、彼は本当のことを言わないのか_____
「心配だねぇ。そうでしょ?奈々ちゃん。」
またもやクローバーが問題に私を巻き込もうとしている。
そう思ったと同時に、振られた話に返答せねばと回答を探った。
「そうですね」というのは変だ。しかし、「どうですかね」というのは冷たい気がする。
私のポジションの正しい回答はなんだ_それを考えていると視線を感じた。
その方を向くと、彼岸がじーっと見ているではないか。
赤髪の男の子。彼岸花と同じ色だ。綺麗な赤_____
「お前、人間か?」
クローバーのことは相手にせず私の生態について確認してきた。
「はい…」
彼は怒ってるわけではない。それは十分に理解している。
だが、柄シャツのボタンを2つ開けた赤髪の彼に妙な威圧感を勝手に感じ、か細い声が出た。
「…。そうか、それで、クローバーが一緒にいるのか…」
先ほどのホワイトの言葉を思い出した。
_____「クローバー、またお前の仕業か?」_____
その2人の発言は共通の何かを指しているように感じた。
それが何なのかは分からないが____
「そんなことより!パンジーの話を聞かせてよ!」
彼岸と私のやり取りをさえぎったのはクローバーだった。
「お前もしつこいな。それを知ってどうするんだ。」
「僕は公園の平和防衛隊長だからね!公園に起こる問題は見過ごせないよ!」
「ふんっ。『退屈な日常をゴシップで潰したい』の間違いだろ?」
「人聞きが悪いなー。毎日、怒鳴り散らされている君を、助けようとしているんじゃないか」
「…」
「別にいい。」
独り言にも近い消えてしまいそうな、かすかな声が聞こえた。
「別にいいんだ。俺のせいにされても。それが、勘違いだったとしても___」
その声は淡々としていたが、私は強く胸を締め付けられた。
___________彼は、”何か”を諦めているんだ_____
「どうして?ずっと勘違いされて、怒られて、挙句の果てに嫌われちゃってさ」
「損しかして無いじゃん!」
クローバーの言葉の全てが正論だ。
何もしなければ、彼はずっと嫌な思いをし続けるだろう____
「お前に話してもしょーがねーよ。」
ん?
本日2度目の同じ言葉がクローバーに向けられた。
「ひどいなぁー彼岸は本当につれないねー?」
「お前にはつれる奴なんて、そこの女だけだ。」
その顔は「ふんっ」と鼻笑いがいまにも聞こえてきそうなものだった。
そして彼はすくっと立ち上がった。
「じゃあな。」
なぜか去り際に若干私を侮辱して、彼はパンジーと逆方向へ去っていった。
その後姿を私はじーっと眺めていた。
彼の背中はなんだか切ない。
そう感じてしまうのは私だけだろうか____。
「もう、15:00になっちゃうね。僕らも、そろそろ帰ろうか?」
クローバーの声で私の意識は現在地に戻ってきた。
携帯の時刻は15:00だ。
家を出たときは12:00前だったのに、もう3時間も経過していた。
今日は月曜日。学校もある。
クローバーと私はその公園を後にしたのだった。___________