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花に口なし  作者: 桃崎 白
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第2話_クローバーの発見

「奈々ちゃん!もう、16:50。学校に遅れちゃうよ!」


「遅れないって。チャリで15分なんだから。17:00に出るの」



私の名前は夏川奈々子。定時制の高校に通う17歳。

定時制の高校は基本的に17時台に登校することが多い。私の学校は17:25が1限目だ。



「そうなの?まぁ、遅れないようにね。じゃあ、お母さん、お食事会行ってくるからね!」


「はいはい、行ってらっしゃい。っと、私も準備するか…」



定時制の高校の時間割りは全日制とは全く違う。

1日の授業回数は4限で、1回45分。まるで小学1年生だ。



私の学校の場合、登校後、まず1限目の授業を受ける。

その後、給食を食べてから残りの3限を行う。授業が終了するのは20:55。



お分かりの通り、全日制の生徒とは比べ物にならないくらい勉強をしていない。

そのため、卒業までに4年かかる。



大学に行くつもりはない。

高校を卒業するのに4年かかろうが、5年かかろうが、かまわない。

同級生に囲まれていない学生生活が続けられるのであれば、何年かかってもかまわない。___________。



「あ!そうだ、そうだ!奈々ちゃん、今暇でしょ?」



「何?急に?」



「お母さん、金曜日にお食事会に行ったでしょ?その時にね、会社の資料をお店に忘れてきちゃったのよ」



「はぁー?知らんし…」



「でね、お店に電話したら、預かっててくれてたのよ!それで、今日の夕方取りに行くって言っちゃった!」



「取りに行けばいいじゃん」



「今日の夕方、お客さんと打ち合わせ入れちゃってこれから会社なのよ」



「いや、知らんし…」



「お店に迷惑かけられないじゃない!お願い、奈々ちゃん取りに行ってくれないかな?」



「私には迷惑かけてもいいんですか?」



「我が子なもんで」



「もー…」


________________


というやり取りの末、せっかくの日曜日が母の忘れ物をとりに行く使いと化してしまったのだ。

食事会と母は言っていたが、この名前はどう見ても居酒屋だ。



居酒屋…。

初対面の人たちと、しかも大勢で、ご飯を食べるなんて今の私には考えられない。

大人って面倒くさそうだなあ…私には大人できないなぁ…このまま時間が止まってしまえばいいのに…



そんなことを考えているうちに母から渡された地図の場所までやってきた。

「ただいま準備中 開店17:30~」という張り紙がセロハンテープで戸に留められている。

現在の時刻16:45。まじか。




一旦帰ったとしても、この店にまた来ないといけなくなる。

家に帰れば最後、私は外には出られないだろう…。

といっても、この近くに時間を潰せそうな場所はあるのか…。




あたりをキョロキョロと見回すと、ある道の先に公園らしき緑の丘を発見した。

その緑を目指して歩いて行くと、やはり公園だった。時間も半端だし、公園で時間を潰そう。

そう思い園内に入った。




公園…中学校ぶりだなぁ…。



土日の部活が終わるとみんなで公園へ行った。コンビニでお昼ご飯を買って輪になって食べた。

部活終わりにいつまでも学校に居残っていると顧問の先生に怒られるからだ。



中学校の何気ない日常。

他愛も無い話過ぎて、何を話していたのかは全くと言っていいほど覚えていない。

けれど、楽しかった記憶だけはきちんと残っている。



――――――――――――――


そんな昔の思い出からふっと現実世界へ引き戻したのは目の前に広がっていた芝の緑の色だった。

季節は夏から秋へ移ろうとしていた9月の中旬。

夕方になれば、炎天に君臨していた太陽は西へ沈み、風は心地よい涼を運んでくれる。



夕方になっているせいか、園内の人はまばらだ。

散歩に来ていた老夫婦。芝の脇に咲いた野花を摘んでいる親子。ジョギングをしている若い女性。

公園に流れる時間は実に穏やかだ。



綺麗に敷き詰められた芝。手入れの行き届いた花壇。公園に華やかさをもたらす噴水。

公園に嫌な思い出は無い。

怒っている人や落ち込んでいる人もいない。


この穏やかな時間にずっと触れていたいとさえ思った_______




ブーブー。ブーブー。



突如、携帯のバイブレーションが振動した。それは、17:30を知らせるアラームだった。



ただ、ボーっと公園のベンチに座っていただけなのにあっという間に1時間が経過してしまった。

母からの使いなどすかっり忘れていたが、今回の任務をアラームが思い出させてくれた。



「そうだ、居酒屋さんに行かないと…」



しかし、開店と同時に店へ入るのが恥ずかしかった。


少し時間を空けてから向かおう。公園の歩道を一周してから店に行こう。

そう決めて園内の歩道を歩き始めた。



「あぁ…気持ちいいなぁ…」



辺りの景色は緑と黄色、オレンジの色が交差し始めていた。

紅葉と呼ぶにはまだ早く、夏景色というには暖色の葉が顔を出し始めていた。

目の前に広がった四季を感じて歩いていると、ぽつりと心の中で小さな声がした。



いつから外の景色を見なくなったのだろう…

いつから外の景色を楽しめなくなったのだろう…

いつから周りの景色に溶け込めなくなってしまったのだろう…




毎年、秋になれば、このような景色と出会っていたはずだ。

去年もこの季節とは顔を合わせていたはずだ。

なのに、なんだかずっとずっと昔に見た景色を久しぶりに見たような気がした。




そんなことを考えながら歩いていると、芝生の一角にクローバーが生い茂っている場所を見つけた。

歩道から見えたクローバー。その時、なぜか妙に近くでそれが見たくなった。



歩道をはずれ、芝生に入りクローバーが生い茂る元へ向かった。

だがしかし、頼まれた使いもある。こんなところで四葉のクローバーを探すようなメルヘンな人間ではない。



そう自分に言い聞かせ、なんとなく棒立ちしたままクローバーを眺めていた。



するとものの数秒であるひとつの葉に目が止まった。

四葉のクローバーではないか。



「うわぁ…発見…。ってか、見つけるの最速じゃない?」



あまりの驚きに独り言が口からこぼれ出た。

そして、一瞬にして発見したその葉を摘んだ。

なぜだろう。その葉をそのまま捨て帰ろうとは思わなかった。




むしろ ”もって帰ろう” そう思ってしまったのだ。

この数年間、嬉しいと感じた出来事があっただろうか。

淡々と流れ過ぎていった日々に突如訪れた小さな喜び。

自分にも幸せが訪れるのかと少し心が弾むのを感じた。

だがしかし、四葉のクローバーではしゃいでしまうようなメルヘンな人間ではないのだ。




そう自分に言い聞かせ、弾んだ心をしっかりとキャッチし元の定位置へと戻した。

そして、摘んだその葉をそっとポケットにしまい17:30開店の居酒屋へと向かったのだった。_____



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