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君と奏でるオルゴール

作者: 日野るる
掲載日:2019/05/21

 


「ようやく駅についたね。ここから歩くの?」


「ああ。だいたい十分ほど歩けば運河にたどり着くらしい」


 ワンショルダーを片手に、君と二人で歩く。

 お互いに大きな荷物は預けてきたので、目的地へ向かう足取りは軽い。


「運河を見た後は商店街を歩いて、美術館や硝子工房にも寄りたい!」


「いいけど、時間足りるか?

 あんまりのんびりしていると、すぐ営業終了しちまうぞ」


 君は大丈夫だよー、と笑うが、今回も時間が足りなくなり「また今度来よ! 絶対だよ!」と未来を約束することになりそうだ。


 五月の大型連休。

 君は仕事が忙しくて休めなかったけど「平成最後の思い出づくりがしたい!」と何度も言っていたっけ。

 残念ながら新年号に変わってしまった後だけど、それでも君はこの旅行を喜んでくれた。


 地元の関東から、北海道の西にある小樽まで。

 思えば随分と遠くまできたものだ。


「あっ、犬……じゃなくてキツネだよキツネ! 本当にいるんだね!」


「こんな町中にも出るんだな。触るなよ、絶対に触るんじゃないぞ」


「よーくん、それフリでしょ?」


「フリじゃねえよ」


 君の落ち着きのなさは今に始まったことではないが、ふらっとそのまま迷子になりそうで目が離せない。

 ま、それも目的地に着けば多少は――。


「信号が青になったぞ、おい……?」


 気づくと、君の姿が消えていた。

 既に信号は青に変わり、先に歩いていった様子もない。

 その場で立ち止まり探していると、もうすぐ信号が赤に変わるタイミングで、ようやく君の姿を見つけた。


「カナ、いきなりいなくなるなよ」


「ごめんごめん。あまりにも美味しそうだったから、つい」


 そう言って彼女が差し出したのは、店先で買っただろうベビーカステラだ。

 何でも店の人がオマケしてくれたらしく、量が多いようで袋がパンパンに膨れている。

 満面の笑みを向けてくる君に、怒ることもできない。


「はぁ……だからって、勝手にいなくなるなよ」


「ごめんごめん。ほら、よーくんも口あけて?」


 君は袋からベビーカステラを一つ摘むと、それを俺の口へと差し出してきた。

 まだ赤信号だとはいえ、同じ信号待ちの人々からいくつもの視線を感じてしまう。

 しかし君は、そんなことお構いなしだ。


「いらないの? 焼き立てでおいしーよ?」


「……じゃ、貰うか」


 君の手からヒョイと奪い、自分の手で口に入れた。

 君は「あー! 可愛げがないんだから!」と憤慨していたけど、せめて周りを見てほしい。


 俺の顔が赤く染まるのと対抗するように、信号が青に変わった。


「ほら、いくぞ」


 君を案内するためにも、俺が先行して歩きだす。

 もちろん、それは顔を見られまいとするためでもあったけど。

 感情を全面に出してくる君を、直視できなかったから。



 ◇◇◇



 最初に着いたのは、大正時代の名残がある運河だった。


「うぅ……ゴンドラに乗りたいけど、人多いしぜったい揺れるよね」


「ただでさえ乗り物に弱いんだから、やめておけって」


「でも、せっかくだし……」


「飛行機でも吐きそうになっていた奴が、何言っているんだか」


 君はなかなか、舟に乗ることを諦めてくれなかった。

 しかし、歩いて石造りの建物を見るものオツなものだ。

「船酔いを我慢するのとどちらが楽しめる?」そう尋ねて以降、すぐに諦めてくれて助かった。


「ここって夜も景色が変わるみたいだよ! ライトアップされて綺麗なんだろうなー」


「言っておくが、今日中に帰るぞ? なんせ明日は仕事だからな」


「ねえ、ここで一泊するのは……」


「ダメだ。明日も仕事だし諦めろ」


「せっかくの休みも、移動時間ばかりで潰れるぅ……」


 これは「またいつか来ようね」が発動する前触れか。

 できればゆっくりと楽しんでもらいたいが、一日しかない休みではそれも厳しい。

 土曜の夕方から飛行機に乗り、札幌で一泊。


 朝に出て、ここまで電車で二時間ほどかかった。

 半日は楽しめるが、明日帰ることを考えると夕方がタイムリミットだろう。


「あーもうっ! 土曜の午前に仕事が入らなきゃ、もっと満喫できたのに!」


「まあ飛行機の時間をズラせただけでも十分だろ。限られた時間を楽しもうぜ」


「うぅ……ま、そうだね! せっかく来たんだし満喫しなきゃ! なのでゴンドラにですね」


「ダメだ。それにもう運河も終わるぞ」


 歩いた時間は数分ほどだろう。

 運河沿いに歩いたとはいっても、一〇〇メートルくらいで次の橋まで着く。

 そこからは道なりに歩いて商店街通りだ。


「ね、ね! もう一回戻ろ?」


 よほど景色に感動したのか、袖をくいくいと引っ張って来た道を指差している。

 そんな子どもじみた仕草も、君みたいな女性にならよく似合っているから困るんだ。


「時間には余裕はある……が、今すぐでいいのか? 帰りも通るんだ。どうせなら時間を変えて――」


「よーくん天才! そうだよ、帰りは絶対にここ、通ろうね!」


 君は納得し、商店街への道を率先して歩き出す。

 そんな調子の良い君に、俺はやれやれとお供する。




「ほらほら、大正浪漫だよ! あ、こっちには着物がある! この柄かわいいなぁー」


「ふむ」


 女性の感性は俺にはよくわからない。

 だけど、君がいま手に持っているその着物は。

 明るく太陽のような笑顔を見せる君に、似合うことは間違いない。

 それこそ、着用した君と、この通りを歩く姿を想像してしまうほどに。


「――……ぇ、……くん」


「ねぇ、よーくんったら!」


「んん? 呼んだか?」


 いつの間にか、目の前にいた君に顔を覗き込まれていた。

 思った以上に顔が至近距離にある。

 内心驚きつつも、動揺を顔から隠して返事をする。


「何か心ここにあらずって感じだね。ほら、次いくよ」


「あ、ああ。すまない」


 そう言って、君は俺の手を引いてずんずんと進んでいく。

 この、掴まれた手首は……いつまで繋がっているのだろう。



 ◇◇◇



「やっと商店街も終わりだね。いやー、色々ありましたなー」


「そうだな。結局何も食べなくてよかったのか?」


 途中には甘味処や、氷菓なども売っていたが、君が口にしたのはベビーカステラだけだ。

 いつもは色々食べようとするのに、その点で君の行動は珍しい。


「うん、ちょっと体重が……それよりもほら、ようやく終点。そしてあの建物だよ!」


 大正硝子やヴェネツィア美術館も楽しんでいた君だけど、いまが今日一番のテンションだと思う。

 そこには、交差点をはさんだ向こう側に蒸気時計が立っていた。

 その店は百年前に建てられたらしく、国内最大級のオルゴール専門店らしい。


「ほら、青に変わったよ。はやくはやく!」


「落ち着けって。まだ閉店まで時間あるし大丈夫だろ」


 そうのんびり諭(さと)すが、君はすぐに否定してきた。


「そんなのここに居たら日が暮れちゃうよ! 何せ種類がたくさんあるんだからね! どれを買うか悩みそうだなー」


 そんな大げさな、と思っていたけど、店内に入るとその雰囲気に圧倒される。


 綺麗に陳列されてあるオルゴールの数々。

 店内は木製でシックな雰囲気の中、並べてあるオルゴールは電球の光を反射し煌めいている。

 キラキラと輝く品物は、どれもがひとつ一つの宝石のようにも見え、手に持ってみると心地よい音色の音楽が流れてくる。


「これは……すごいな」


「でしょ? 一度来てみたかったんだー」


 俺の反応を見て、君はふふん、と得意げに言う。

 オルゴールに全く興味がなかった俺でも、並べてある品は一つの芸術品だと理解できる。


「このカレイドオルゴールってオシャレだよね。ほら、巻くと円盤が回転するよ!」


 言われるままに見てみると、曲が流れている間は万華鏡のように模様が変わるらしい。

 見た目は中世ヨーロッパや、パリに置いて有りそうな装飾なのに、流れてくる曲は日本のアニメ映画の主題歌だ。


「懐かしいな、この曲」


「ほら、あっちにはよーくんの好きそうなJ-POPがおいてあるよ!」


 君に連れられ向かった先には、テレビでよく聞く音楽なども置いてあった。

 ドラマの主題歌からアニメソング、はたまたボーカロイドの曲まで置いてある。


「お、これ好きだったやつだ。サビだけ鳴るのか?」


「へっへー、気になったのなら。ユー、買っちゃいなYO」


「そうだな。買っていくか」


 オルゴールの音色は心地よい。

 せっかくここまで来たということもあり、俺は昔のアニメ映画の曲、好きだったドラマの主題歌、そして一昨年のヒットソングが流れるオルゴールを買った。

 あのフレーズは今でも心に残っている。


「ふー、ふっふーん、ふふーんふ。ふーふふんふふーん」


「よーくん、ゴキゲンだね。黒猫の宅急便そんなに好きだったの?」


「っ……あ、ああ。十回以上は見ていただろう」


「へぇー、私はバルス! するほうをそれくらい見てたよ」


 君はそれ以上、気にしなかったみたいだけど。

 思わず口ずさんでしまうくらいには、お気に入りの曲だった。

 自分でもここで出会えるとは思っていなく、その曲は宝石箱の形をしたオルゴールに入っていた。




「ふぅー、結構買ったね!」


「といっても、五個くらいだろ」


 オルゴール店には二時間ほどいただろう。

 そろそろ夕刻なので切り上げた次第だ。


「でも二階や三階もよかったね! あの魔法学院のオルゴールとか!」


「ああ。魔導書を開くと曲が流れるもんな。あれは中二心をくすぐられた」


 君が買ったのは、曲が選べるガラス性製の置物だった。

 それと魔導書型、時計台型、キーホルダーのハート型などを買ったようだ。


「でも全部で二万は超えたよ……やっぱり高いね」


「その分、いい思い出だろ?」


「そうだね。だって思い出は――」


「「プライスレス」」


 子供じみたやり取りでも、こうして乗ると面白い。

 それは、君が相手だからだろうか?

 お互いにフフと笑いながら、来た道の運河を遡っていく。


「あとは駅まで一直線か」


「ちょっと荷物が重いね。あのね、よーくん?」


 ふと君は立ち止まり、街の……いや、山の方角を見上げる。

 向こうに、何かあっただろうか?


「何だ、買い忘れでもあったのか?」


「最後に、どうしても行きたい場所があって……付き合ってくれるかな?」


 そんな、君の希望を。

 俺が断れるはずもなかった。



 ◇◇◇



「じゃ、三十分ほどで戻ってきますので。少しだけ待っていてください」


「はいよー」


「ありがとうございまーす」


 タクシーをつかまえて、山に登ること数分。

 俺たちはとある展望台を目指し歩いていた。

 駐車場から五分とかからないそこは、多少ボロボロではあるが、景色を楽しむには十分だった。


「ここ……ぜったいに来たかったんだ」


「展望台、か。にしても、狭いしボロいな」


 山の上で、管理されているのかも怪しい場所だ。

 ハイキングコースにもなっているらしいが、観覧車の一室みたいな広さしかないそこは、景色しか評価するところがないだろう。


「ねぇよーくん。私が何でここに来たかったのかわかる?」


「…………いいや」


 君の行動は単純で、そして時に不可解で、俺にとっては難解だ。

 この場所で何を伝えたいかなんて、わかるはずもない。


「昔々、この高台から一人の女の子が飛び立ちました。その女の子は、空から皆を守っています」


「ん、急にどうした?」


「黙って聞いて」


 君は展望台から乗り出すかのように手すりへと座り、こちらを真っ直ぐに見つめてくる。

 俺は危ないとか、何を言い出すとかの感想の前に、ただ一言……その光景を見て。


「キレイだな……」


 と、呟いていた。




「この場所は、女の子にとって大切な人との思い出の場所でした。最期の時も、女の子は自分の身よりも優先し、彼と、彼の愛した町を守ります。その結果、もう現世に戻れないのだとしても」


 君の話はフィクションだ。

 だけど、妙に心へと染み込んでくる。

 俺たちはここに、この場所に初めてきた。


 なので、主役は俺たちではない。

 だが、女の子と重ねるのは、誰のこと(・・・・)だろうか。


「そんな、覚悟を――勇気を、この場所で。私にも与えてください。よーくん……いいえ、洋一さん」


「あ、ああ。どうしたんだ、急に?」


「これを」


 君は小さな、小さな包み紙を俺へと差し出す。

 さっき寄ったオルゴール店の梱包紙だ。

 中身は……君が購入したオルゴールだろうか。


「あけて?」


 ゆっくりと、包み紙を剥がしていく。

 出てきたのは、四角い宝石箱の形をしたオルゴールだった。

 ご丁寧にも、曲名まで剥がしてある。


 君に催促されるまま巻いてみる。

 流れてきたのは、君が何十回と見たらしいアニメ映画の曲。

 少年と少女が、空の大冒険をする映画だ。




 音が鳴り止むまで、お互いに無言だった。

 ここまでされても、俺にはまだ理解できない。


 曲が止まる。

 君は深く息を吐くと、手すりからこちら側へ飛び降りた。


「ねぇよーくん……いえ、洋一さん。私も名前で呼んでみて?」


「急にどうした?」


「いいから」


「かなで(・・・)」


 君は……いや、彼女は。

 さもいたずらが成功したかのように微笑んだ。


「私……いえ、私たちをのせた一人旅は、いま奏で終わりましたよ?」


「いったい何を――」


「これからは、二人で奏でていきましょう。私たち二人をのせた、二人の旅へと」


 そういって、夕陽を背景にしてみた君の――奏の笑顔は。

 俺にとっては、背後で主張する太陽より輝いて見えた。


 なら、俺も差し出そう。

 懐に忍ばせた……指輪入りの、宝石箱(オルゴール)を。



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