表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

君と奏でるオルゴール

作者: 日野るる

 


「ようやく駅についたね。ここから歩くの?」


「ああ。だいたい十分ほど歩けば運河にたどり着くらしい」


 ワンショルダーを片手に、君と二人で歩く。

 お互いに大きな荷物は預けてきたので、目的地へ向かう足取りは軽い。


「運河を見た後は商店街を歩いて、美術館や硝子工房にも寄りたい!」


「いいけど、時間足りるか?

 あんまりのんびりしていると、すぐ営業終了しちまうぞ」


 君は大丈夫だよー、と笑うが、今回も時間が足りなくなり「また今度来よ! 絶対だよ!」と未来を約束することになりそうだ。


 五月の大型連休。

 君は仕事が忙しくて休めなかったけど「平成最後の思い出づくりがしたい!」と何度も言っていたっけ。

 残念ながら新年号に変わってしまった後だけど、それでも君はこの旅行を喜んでくれた。


 地元の関東から、北海道の西にある小樽まで。

 思えば随分と遠くまできたものだ。


「あっ、犬……じゃなくてキツネだよキツネ! 本当にいるんだね!」


「こんな町中にも出るんだな。触るなよ、絶対に触るんじゃないぞ」


「よーくん、それフリでしょ?」


「フリじゃねえよ」


 君の落ち着きのなさは今に始まったことではないが、ふらっとそのまま迷子になりそうで目が離せない。

 ま、それも目的地に着けば多少は――。


「信号が青になったぞ、おい……?」


 気づくと、君の姿が消えていた。

 既に信号は青に変わり、先に歩いていった様子もない。

 その場で立ち止まり探していると、もうすぐ信号が赤に変わるタイミングで、ようやく君の姿を見つけた。


「カナ、いきなりいなくなるなよ」


「ごめんごめん。あまりにも美味しそうだったから、つい」


 そう言って彼女が差し出したのは、店先で買っただろうベビーカステラだ。

 何でも店の人がオマケしてくれたらしく、量が多いようで袋がパンパンに膨れている。

 満面の笑みを向けてくる君に、怒ることもできない。


「はぁ……だからって、勝手にいなくなるなよ」


「ごめんごめん。ほら、よーくんも口あけて?」


 君は袋からベビーカステラを一つ摘むと、それを俺の口へと差し出してきた。

 まだ赤信号だとはいえ、同じ信号待ちの人々からいくつもの視線を感じてしまう。

 しかし君は、そんなことお構いなしだ。


「いらないの? 焼き立てでおいしーよ?」


「……じゃ、貰うか」


 君の手からヒョイと奪い、自分の手で口に入れた。

 君は「あー! 可愛げがないんだから!」と憤慨していたけど、せめて周りを見てほしい。


 俺の顔が赤く染まるのと対抗するように、信号が青に変わった。


「ほら、いくぞ」


 君を案内するためにも、俺が先行して歩きだす。

 もちろん、それは顔を見られまいとするためでもあったけど。

 感情を全面に出してくる君を、直視できなかったから。



 ◇◇◇



 最初に着いたのは、大正時代の名残がある運河だった。


「うぅ……ゴンドラに乗りたいけど、人多いしぜったい揺れるよね」


「ただでさえ乗り物に弱いんだから、やめておけって」


「でも、せっかくだし……」


「飛行機でも吐きそうになっていた奴が、何言っているんだか」


 君はなかなか、舟に乗ることを諦めてくれなかった。

 しかし、歩いて石造りの建物を見るものオツなものだ。

「船酔いを我慢するのとどちらが楽しめる?」そう尋ねて以降、すぐに諦めてくれて助かった。


「ここって夜も景色が変わるみたいだよ! ライトアップされて綺麗なんだろうなー」


「言っておくが、今日中に帰るぞ? なんせ明日は仕事だからな」


「ねえ、ここで一泊するのは……」


「ダメだ。明日も仕事だし諦めろ」


「せっかくの休みも、移動時間ばかりで潰れるぅ……」


 これは「またいつか来ようね」が発動する前触れか。

 できればゆっくりと楽しんでもらいたいが、一日しかない休みではそれも厳しい。

 土曜の夕方から飛行機に乗り、札幌で一泊。


 朝に出て、ここまで電車で二時間ほどかかった。

 半日は楽しめるが、明日帰ることを考えると夕方がタイムリミットだろう。


「あーもうっ! 土曜の午前に仕事が入らなきゃ、もっと満喫できたのに!」


「まあ飛行機の時間をズラせただけでも十分だろ。限られた時間を楽しもうぜ」


「うぅ……ま、そうだね! せっかく来たんだし満喫しなきゃ! なのでゴンドラにですね」


「ダメだ。それにもう運河も終わるぞ」


 歩いた時間は数分ほどだろう。

 運河沿いに歩いたとはいっても、一〇〇メートルくらいで次の橋まで着く。

 そこからは道なりに歩いて商店街通りだ。


「ね、ね! もう一回戻ろ?」


 よほど景色に感動したのか、袖をくいくいと引っ張って来た道を指差している。

 そんな子どもじみた仕草も、君みたいな女性にならよく似合っているから困るんだ。


「時間には余裕はある……が、今すぐでいいのか? 帰りも通るんだ。どうせなら時間を変えて――」


「よーくん天才! そうだよ、帰りは絶対にここ、通ろうね!」


 君は納得し、商店街への道を率先して歩き出す。

 そんな調子の良い君に、俺はやれやれとお供する。




「ほらほら、大正浪漫だよ! あ、こっちには着物がある! この柄かわいいなぁー」


「ふむ」


 女性の感性は俺にはよくわからない。

 だけど、君がいま手に持っているその着物は。

 明るく太陽のような笑顔を見せる君に、似合うことは間違いない。

 それこそ、着用した君と、この通りを歩く姿を想像してしまうほどに。


「――……ぇ、……くん」


「ねぇ、よーくんったら!」


「んん? 呼んだか?」


 いつの間にか、目の前にいた君に顔を覗き込まれていた。

 思った以上に顔が至近距離にある。

 内心驚きつつも、動揺を顔から隠して返事をする。


「何か心ここにあらずって感じだね。ほら、次いくよ」


「あ、ああ。すまない」


 そう言って、君は俺の手を引いてずんずんと進んでいく。

 この、掴まれた手首は……いつまで繋がっているのだろう。



 ◇◇◇



「やっと商店街も終わりだね。いやー、色々ありましたなー」


「そうだな。結局何も食べなくてよかったのか?」


 途中には甘味処や、氷菓なども売っていたが、君が口にしたのはベビーカステラだけだ。

 いつもは色々食べようとするのに、その点で君の行動は珍しい。


「うん、ちょっと体重が……それよりもほら、ようやく終点。そしてあの建物だよ!」


 大正硝子やヴェネツィア美術館も楽しんでいた君だけど、いまが今日一番のテンションだと思う。

 そこには、交差点をはさんだ向こう側に蒸気時計が立っていた。

 その店は百年前に建てられたらしく、国内最大級のオルゴール専門店らしい。


「ほら、青に変わったよ。はやくはやく!」


「落ち着けって。まだ閉店まで時間あるし大丈夫だろ」


 そうのんびりさとすが、君はすぐに否定してきた。


「そんなのここに居たら日が暮れちゃうよ! 何せ種類がたくさんあるんだからね! どれを買うか悩みそうだなー」


 そんな大げさな、と思っていたけど、店内に入るとその雰囲気に圧倒される。


 綺麗に陳列されてあるオルゴールの数々。

 店内は木製でシックな雰囲気の中、並べてあるオルゴールは電球の光を反射し煌めいている。

 キラキラと輝く品物は、どれもがひとつ一つの宝石のようにも見え、手に持ってみると心地よい音色の音楽が流れてくる。


「これは……すごいな」


「でしょ? 一度来てみたかったんだー」


 俺の反応を見て、君はふふん、と得意げに言う。

 オルゴールに全く興味がなかった俺でも、並べてある品は一つの芸術品だと理解できる。


「このカレイドオルゴールってオシャレだよね。ほら、巻くと円盤が回転するよ!」


 言われるままに見てみると、曲が流れている間は万華鏡のように模様が変わるらしい。

 見た目は中世ヨーロッパや、パリに置いて有りそうな装飾なのに、流れてくる曲は日本のアニメ映画の主題歌だ。


「懐かしいな、この曲」


「ほら、あっちにはよーくんの好きそうなJ-POPがおいてあるよ!」


 君に連れられ向かった先には、テレビでよく聞く音楽なども置いてあった。

 ドラマの主題歌からアニメソング、はたまたボーカロイドの曲まで置いてある。


「お、これ好きだったやつだ。サビだけ鳴るのか?」


「へっへー、気になったのなら。ユー、買っちゃいなYO」


「そうだな。買っていくか」


 オルゴールの音色は心地よい。

 せっかくここまで来たということもあり、俺は昔のアニメ映画の曲、好きだったドラマの主題歌、そして一昨年のヒットソングが流れるオルゴールを買った。

 あのフレーズは今でも心に残っている。


「ふー、ふっふーん、ふふーんふ。ふーふふんふふーん」


「よーくん、ゴキゲンだね。黒猫の宅急便そんなに好きだったの?」


「っ……あ、ああ。十回以上は見ていただろう」


「へぇー、私はバルス! するほうをそれくらい見てたよ」


 君はそれ以上、気にしなかったみたいだけど。

 思わず口ずさんでしまうくらいには、お気に入りの曲だった。

 自分でもここで出会えるとは思っていなく、その曲は宝石箱の形をしたオルゴールに入っていた。




「ふぅー、結構買ったね!」


「といっても、五個くらいだろ」


 オルゴール店には二時間ほどいただろう。

 そろそろ夕刻なので切り上げた次第だ。


「でも二階や三階もよかったね! あの魔法学院のオルゴールとか!」


「ああ。魔導書を開くと曲が流れるもんな。あれは中二心をくすぐられた」


 君が買ったのは、曲が選べるガラス性製の置物だった。

 それと魔導書型、時計台型、キーホルダーのハート型などを買ったようだ。


「でも全部で二万は超えたよ……やっぱり高いね」


「その分、いい思い出だろ?」


「そうだね。だって思い出は――」


「「プライスレス」」


 子供じみたやり取りでも、こうして乗ると面白い。

 それは、君が相手だからだろうか?

 お互いにフフと笑いながら、来た道の運河を遡っていく。


「あとは駅まで一直線か」


「ちょっと荷物が重いね。あのね、よーくん?」


 ふと君は立ち止まり、街の……いや、山の方角を見上げる。

 向こうに、何かあっただろうか?


「何だ、買い忘れでもあったのか?」


「最後に、どうしても行きたい場所があって……付き合ってくれるかな?」


 そんな、君の希望を。

 俺が断れるはずもなかった。



 ◇◇◇



「じゃ、三十分ほどで戻ってきますので。少しだけ待っていてください」


「はいよー」


「ありがとうございまーす」


 タクシーをつかまえて、山に登ること数分。

 俺たちはとある展望台を目指し歩いていた。

 駐車場から五分とかからないそこは、多少ボロボロではあるが、景色を楽しむには十分だった。


「ここ……ぜったいに来たかったんだ」


「展望台、か。にしても、狭いしボロいな」


 山の上で、管理されているのかも怪しい場所だ。

 ハイキングコースにもなっているらしいが、観覧車の一室みたいな広さしかないそこは、景色しか評価するところがないだろう。


「ねぇよーくん。私が何でここに来たかったのかわかる?」


「…………いいや」


 君の行動は単純で、そして時に不可解で、俺にとっては難解だ。

 この場所で何を伝えたいかなんて、わかるはずもない。


「昔々、この高台から一人の女の子が飛び立ちました。その女の子は、空から皆を守っています」


「ん、急にどうした?」


「黙って聞いて」


 君は展望台から乗り出すかのように手すりへと座り、こちらを真っ直ぐに見つめてくる。

 俺は危ないとか、何を言い出すとかの感想の前に、ただ一言……その光景を見て。


「キレイだな……」


 と、呟いていた。




「この場所は、女の子にとって大切な人との思い出の場所でした。最期の時も、女の子は自分の身よりも優先し、彼と、彼の愛した町を守ります。その結果、もう現世に戻れないのだとしても」


 君の話はフィクションだ。

 だけど、妙に心へと染み込んでくる。

 俺たちはここに、この場所に初めてきた。


 なので、主役は俺たちではない。

 だが、女の子と重ねるのは、誰のこと・・・・だろうか。


「そんな、覚悟を――勇気を、この場所で。私にも与えてください。よーくん……いいえ、洋一さん」


「あ、ああ。どうしたんだ、急に?」


「これを」


 君は小さな、小さな包み紙を俺へと差し出す。

 さっき寄ったオルゴール店の梱包紙だ。

 中身は……君が購入したオルゴールだろうか。


「あけて?」


 ゆっくりと、包み紙を剥がしていく。

 出てきたのは、四角い宝石箱の形をしたオルゴールだった。

 ご丁寧にも、曲名まで剥がしてある。


 君に催促されるまま巻いてみる。

 流れてきたのは、君が何十回と見たらしいアニメ映画の曲。

 少年と少女が、空の大冒険をする映画だ。




 音が鳴り止むまで、お互いに無言だった。

 ここまでされても、俺にはまだ理解できない。


 曲が止まる。

 君は深く息を吐くと、手すりからこちら側へ飛び降りた。


「ねぇよーくん……いえ、洋一さん。私も名前で呼んでみて?」


「急にどうした?」


「いいから」


かなで・・・


 君は……いや、彼女は。

 さもいたずらが成功したかのように微笑んだ。


「私……いえ、私たちをのせた一人旅は、いま奏で終わりましたよ?」


「いったい何を――」


「これからは、二人で奏でていきましょう。私たち二人をのせた、二人の旅へと」


 そういって、夕陽を背景にしてみた君の――奏の笑顔は。

 俺にとっては、背後で主張する太陽より輝いて見えた。


 なら、俺も差し出そう。

 懐に忍ばせた……指輪入りの、宝石箱オルゴールを。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ