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デビュー作で共演できるなんて嬉しいな


 メイクと衣装合わせは女性スタッフたちのよって怒濤の勢いで行われ、僅か15分で完了した。ぐるぐると視界が回るが、わたしは姿見に映る自分の姿を確認する。


 腰まである長い黒髪は緩く巻かれ、唇には暗めのボルドーのリップが重ねられている。垂れ目がちな目尻にはキラキラと上品に光るヴァイオレットのアイシャドウが乗せられ、自然と凜とした表情を作り出していた。普段のわたしとはまったく別の、少し大人びつつも少女らしさも表現しているように思える。

 着ているAラインドレスは、ブラックのシンプルなデザインのものだ。それなのに、わたしを宝石のように輝かせている。



 ……綺麗。本当にわたしなのかな。



 試しに歩いてみると、姿見の女の子も一緒に動いた。うん、わたしに間違いはないみたい。プロってすごい。



「おー、似合っている。白雪ちゃんには悪いけど、ビジュアル的にはベストマッチだな。熊坂くんに見劣りしない」



 橋本監督はメガホンで自分の肩を叩きながら、感心したように言った。わたしは出てきた二人の名前を頭の中で反芻させる。


 白雪ちゃん……は、インフルエンザに罹ってしまったツバキプロダクションの人だよね。じゃあ、あともう一人は?



「……熊坂さんって……」


「今回のCMの主役だよ。熊坂夏輝くまさかなつき芸歴23年の若手実力派俳優だ。赤ちゃんの頃から芸能界にいて、演技力は俳優の中でもトップクラスだ」


「そうなんですか」



 赤ちゃんの頃から芸能界にいるなんて、なんだか想像もつかない。子どもの時から自立をしてお金を稼ぐなんて、とても尊敬する。


 ぼうっとそんなことを考えていると、花蓮さんがわたしの瞳をじっと見つめた。



「……一花、もしかして夏輝ちゃんのこと知らないの? あの熊坂夏輝ちゃんよ」


「ごめんなさい。テレビってあまり見なくって……」



 学校のない日は、主に勉強か習い事をして過ごしていた。テレビや雑誌を見ることなんて、ほとんどない生活をずっと続けていたのだ。



「アンタ、本当に女子校生なの!? 夏輝ちゃんと言えば、中高生の間で凄まじい人気よ。まっ、うちの俳優も負けていないけど」


「つーか、蓮ちゃん。一花ちゃんにCMの内容を話してないの?」


「ええ、まったく。それが何か?」



 鼻息荒く言った花蓮さんに、橋本監督が深く溜息を吐いた。



「たっくよ。……一花ちゃん、この撮影は二十代男性社会人をターゲットにした香水のCMだ。君はセリフなし。熊坂くんの恋人役だ。はい、これ進行表。本番までによく読み込んでおいてな」


「ありがとうございます、監督」



 わたしはA4用紙10枚ほどの進行表を受け取った。

 それと同時に、スタジオ内がガヤガヤと騒がしくなる。



 ……何かあったのかな?



 わたしの疑問に答えるように、スタッフの一人が声を張り上げる。



「熊坂さん入ります!」



 ギィィと鈍い音を立てて扉が開かれる。

 その瞬間、スタジオの空気が一変した。



「おはようございます」



 現れたのは、二十代前半の細身の男性だ。身長は180センチもあるのに、顔がとても小さい。顔立ちは精緻な人形のようでいて、浮かべる表情は感情豊かで優しそうだ。


 亜麻色の髪が小さく揺れる度、彼に視線がいってしまう。清らかな小川のように洗練されていて美しい。



 ……すごく綺麗な人。オーラがあるってこういう人のことを言うんだ。



 花蓮さんに会ったとき以上の衝撃で、わたしは何もできずに固まる。



「橋本監督。代役の子が見つかったって本当ですか?」



 熊坂さんは橋本監督に小走りで駆け寄った。



「うん。鷺ノ宮さぎのみや芸能社には迷惑かけちゃったね。色々、代役候補を出してもらったのに」


「いいえ。こちらこそ別日に収録できればよかったんですけど、スケジュールが難しくって」



 熊坂さんが肩を竦めると、何故か花蓮さんが勝ち誇った顔で鼻を鳴らす。



「残念だったわね、夏輝ちゃん。このCMは家の超、超、ちょーう期待の新人、園江一花がいただくわっ!」



 ……なんだか、火の粉が飛んできた気がする。


 わたしは相変わらずの無表情で佇む。熊坂さんはわたしを見つめながら首を傾げた。



「いやいや、園江さん。主演は俺なんですけど……って、園江……一花? そんなタレント、ツバプロにいましたっけ?」


「あの……ツバキプロダクションの園江一花です。よろしくお願いします」



 わたしは慌てて頭を下げる。



「アタシの娘! 可愛いでしょう。今日が初めての撮影なの。夏輝ちゃんよりも目立ってやるわ」



 ……花蓮さんはこれ以上熊坂さんを煽らないで欲しい。そもそも、彼よりも目立つなんて絶対にあり得ない。



「そうなんだ。デビュー作で共演できるなんて嬉しいな。鷺ノ宮芸能社の熊坂夏輝です。よろしくね、一花さん」



 熊坂さんは爽やかな笑みを浮かべてわたしに手を差し出す。なんという大人の対応。



「はい。ありがとうございます、熊坂さん」



 握手を交わすと、熊坂さんは衣装合わせに向かう。わたしはスタッフさんたちの邪魔にならないように、端で台本を捲った。



「CM時間は15秒のみ。洗練された大人の色気が全面に出るイメージ」



 文章を目で追い、1枚また1枚と頭に入れていく。7枚目で、今回のCMで宣伝する香水の写真が載っていた。


 二十代男性社会人をターゲットにしていることもあって、スパイスを使ったビターな香りや、アウトドアスポーツで使いたい爽やかなマンダリンの香りもある。ボトルデザインは、わたしでも知っている世界的有名ブランドと共同開発をしていた。


 超人気俳優の熊坂さんを起用するあたり、相当熱の入った広報となるに違いない。……わたしが思っている以上に、すごい仕事だ。



 ……失敗できないよ。わたしなんかが本当にできるの?



 手に力が入り、くしゃりと台本に皺が付く。それを気にする余裕もなく、ページを捲る。そこには簡単な絵コンテが描いてあり、役者への指示が書かれていた。



「熊坂さんのアップから始まって、相手役が抱きつく。そして熊坂さんが女優を押し倒し……そこからは全部良い感じのアドリブで……? とにかく色気のある感じって……」



 ……アドリブっていったいどうやるの!?




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