表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

無理です。演技なんてしたことありません

 キラキラと派手なネオンが輝く街の中にある、大きな美容室に連れて来られたわたしは、質問も抵抗もする暇もなく、ケープをかけられた。


 この美容室の店長だという男は、抜群の手さばきでわたしの売るはずだった黒髪をカットしていく。



「長さは変えず、量は薄く。花蓮さん、毛先はどんな感じに整えます?」


「店長に任せるわ」


「前髪は?」


「瞳が目立つように、ばつんと切っちゃって。あと、できるだけ早く仕上げて」


「りょーかい」



 パサリパサリと髪が落ち、久方ぶりに視界が開ける。

 目の前の鏡に映っていたのは、光のない青い瞳をした無表情のわたしだった。



「これはこれは。花蓮さんの審美眼には毎度驚かされますわー」


「でしょう。家の娘は、アタシの次に綺麗なの」



 ……綺麗? わたしが?



 継母に薄汚い娘だと言われることはあっても、美しいなんて言われたことはなかった。



「何を驚いているのよ、一花」


「綺麗、なんて言われたことなかったから」


「ならアタシが何度でも言ってあげる。一花は綺麗よ。そして、もっと綺麗になれる。女の子の可能性は無限大なんだから」



 そう言って、花蓮さんは鏡越しに優しく微笑んだ。



「……花蓮さん、綺麗」



 顔の美しさだけじゃない。笑顔に乗せられた優しい感情が宝石よりも綺麗に見えた。



「ありがとう。当たり前のことだけど嬉しいわ。で、これからのことだけど!」


「……これからのこと」



「実は、アタシの事務所の女の子がインフルエンザにかかっちゃって。今日のCM撮影に出られなくなったの。幸いにもCMのメインは男性俳優で、女優はちょい役。イメージに合えば事務所の別な子でいいって言われたんだけど、アタシの事務所に若い女の子が他にいないのよ。そこで、一花に代役を頼もうかと思って」


「無理です。演技なんてしたことありません」


「今回だけでいいから! ツバキプロダクションを助けると思って!」


「……ツバキプロダクション?」



 わたしが疑問符を浮かべると、花蓮さんがゴテゴテと派手な名刺を取り出した。



「ツバキプロダクションは、10年前にアタシが立ち上げた芸能事務所よ。少数精鋭だけど、所属芸能人は全員売れっ子! そして社長は宇宙一綺麗なこのアタシ!」



 名刺には、確かに『ツバキプロダクション社長 園江花蓮』と書かれていた。



「あの、ツバキって……もしかしてお母様の?」


「そうよ。椿はね。お芝居が大好きだったの。でも、演技が下手くそで女優には到底なれなくて、裏方で頑張るって言っていたわ。いつか、一緒に事務所を立ち上げられたらいいねって学生の頃に話していたの。でも、椿は10年前にさっさと死んじゃった。だーかーら、名前の使用料は払いませーん!」



 花蓮さんは両手で×印を作った。それと同時に店長がケープを外す。



「カットは完了です。メイクとかはします?」


「いらないわ。でも、新しい靴だけ用意してくれる?」


「分かりました」



 店主は店の奥から黒の編み上げブーツを取り出し、わたしに渡した。



「……まだ、この靴はけるよ? それにお金が……」



 わたしは今はいている焦げ茶色のローファーを見下ろした。所々皮がめくれているが、まだ履けないことはない。



「何を言っているの。いい女は靴まで美しくなきゃ。一花が綺麗になるためのお金は、全部アタシが出すわ。それが親の務めっていうものよ。それに……せっかく新しい自分になったのに、足枷なんていらないでしょう」



 花蓮さんは……お母様との思い出をとても大切にしてくれている。そして、こんなからっぽのわたしなんかを……大切にしようとしてくれている。



「……分かった」



 履き古したローファーから、真新しいブーツに履き替える。

 たったそれだけのことなのに、自分が神崎一花から園江一花になったのだと強く実感した。



「……今回だけ。わたしにできるか分からないけれど、頑張って……みる」



 咄嗟に出た言葉に驚きつつも、わたしはギュッと拳を握った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ