第三話
「結局、どなたが一番お強いのですか」
エリアの疑問が飛び出したのは、宮沢がエドワードを圧倒した数時間後だった。
「私は最下位ね。 戦闘能力は皆無よ」
まず最初に、三枝が脱落した。
「私も、異能が上手く使えませんし……」
どこか申し訳無さそうに、久世も脱落する。
「俺が最強! ……と言いたいところなんだが」
「まぁ、最強は藤崎さんだろうね」
蔵馬と宮沢が、藤崎を推薦する。
「おい待て、宮沢。 あんな芸当を見せておいて、私には敵わないというのか」
藤崎は若干、嫌みを言われたような気になっていた。
「元の世界では僕が勝つだろうけど、今の藤崎さんには強力な異能がある。 この十人の中で藤崎さんに対抗できるのは多分、佐藤さんと与那国さん位だよ」
残り八人から、異論はない。
「そう、なのですか」
エリアは若干、納得がいかないようだ。
「異能の使い方を考えるにあたって、俺たちの中で戦ってみるのも良いかもしれねーな」
話題を転換したかったのか、ただ単に対人戦がしたかったのか。
椎葉がそんなことを口走った。
「良いけど、最初は僕と椎葉君だよ」
「おいおい、やめてくれよ死んじまうだろ」
宮沢の意地悪に、椎葉は白旗を上げる。
「機銃掃射ですらかすり傷一つ負わねぇお前に、銃火器でどう戦えばいいってんだよ」
彼は完全にムリゲーだというように、両手を上げてかぶりを振った。
「君の異能は銃火器の練成じゃないだろう? それは蔵馬君の異能だ。 銃撃の生成なら幾らでもやりようはあるだろうし、蔵馬君の異能だって、ものすごく硬い壁を球場に展開された時点で僕はお手上げだ。
僕は異能なしでは最強かもしれないが、この状況で誰よりも強いだなんて、うぬぼれたことは言えないよ」
しかし白旗を上げたのは、宮沢のほうだった。 東郷以外の全員が、驚いた眼で宮沢を凝視する。
「まぁ、それもそうか」
「元の世界でも搦め手に弱かったね、宮沢君」
「馬鹿の一つ覚えね」
納得したクラスメートから、罵詈雑言が浴びせられた。
「ひどいなぁ、皆。 特に三枝さん、これでも僕は選抜対象だよ」
馬鹿という単語に反発する宮沢だが、
「馬鹿は馬鹿よ。 少し勘が良いからと言って、図に乗らないことね」
完全に一蹴された。
「ハハハハハ! 完全に尻に敷かれてやんの」
追い打ちを仕掛けようとした椎葉は、少し踏み込みすぎてしまった。
「……椎葉君」
「……あっ」
『(察し)』という語尾が付きそうな声で、椎葉は自らの失策を悟る。
「誰が、誰を。 尻に敷いていると言うのかしら」
「そりゃぁ、三枝さんが宮沢を―――」
それ以上は、口が動かなかった。
「そんなことはないわ。 ……と言っても貴方は、信じないのでしょうね」
「……」
もう、反応が出来ていない。
「ちょうどいい機会だわ。 私の異能、存分に味わいなさい」
麻酔効果のある薬品を注入され身動きができない椎葉を、三枝が攫って、『消えた』。
小一時間ほどしてから、精根尽き果てた状態の椎葉が、少し満足げの三枝と共に現れた。
(彼女には、逆らわない様にしよう)
『精霊医療』という異能を持った三枝は、少しだけ元の世界以上に、嗜虐的な少女と化していた。
まぁ、そんなことがあったのだが。
練習試合自体は、普通に行われた。
飛び交う銃弾―――否、『銃撃』と、それを切り払うのではなく、回避する宮沢。
切り払うことはできない。 その銃弾は、見えない上に実体がないのだ。
(厄介だなぁ。 ……と言うか、これは無理だ)
彼の放つ銃撃の軌道は、未来視で完全に捉えている。 しかしながら椎葉は、それを込みで銃撃プランを組み立てていた。
最適な回答を返す事こそが、椎葉の思うつぼなのである。 しかし雑な対応をするわけにもいかず、無傷で切り抜けるには最適解で動く他ない。
負けに向かうとわかっている手を、打たなければいけない感覚。
椎葉と相対したゲーマーは、このような感覚を味わっていたのだろうか。
数分間の攻防。 その間、宮沢は一切、椎葉には接近できずに。
「降参降参。 僕の負けだよ、椎葉君」
怪物は、あっさりと天才ゲーマーに敗北した。
「はぁっ!」
乱気流に向け、大質量の一撃が振るわれる。 蔵馬特製、岩盤製の大剣だ。
「……ふん」
しかしながら、東郷には一切攻撃が通らない。 宮沢はそれでも、神速の連撃を叩きこみ続ける。
彼の努力は、果たして報われた。 しかし、その後の展開は宮沢が『視た』ものと同じく。
「流石だな、宮沢」
賞賛とともに放たれた掌底が、烈風とともに宮沢を吹き飛ばした。
「うーん、勝てないなぁ」
彼としては、最善手を打ったのだ。 あの瞬間に攻撃が対応しきれないのも、完全にわかっていた。
「佐藤さん、藤崎さん、やる?」
せめて案山子の役割だけでも果たそうとして、トップ二人に問いかける宮沢。 手に持っていたはずの剣は、いつの間にか消滅していた。
「どうしましょうか、天音様」
「そうだな、まずは君がやるといい、蒼葉」
いつの間にか彼女らは、呼び方が以前に戻っていた。
「では、よろしくお願いします」
「分かったよ。 ……蔵馬君、ナイフをお願いできるかい」
「あいよ。 こんなもんでいいか」
練成したサバイバルナイフを宮沢に向かって投擲する蔵馬。 指二本で受け止めた宮沢は、
「ありがとう。 今度何か、お礼をしなくちゃね」
そう言いながら、佐藤と相対していた。
佐藤と宮沢の試合は、周りからすれば一瞬だった。
およそ信じられないことに、宮沢がナイフの一撃を空振りし、そのすきを見て佐藤が、異能空間に彼を閉じ込める。 その中に入ったことが何を意味するのか分かっていた宮沢は、あっさりと両手を上げた。
「ナイフは投擲するものかと思っていました」
「それでも意味はないだろうに。 ……ここまで負け続きだと少し、自信がなくなって来たよ」
『無限回廊』。
彼我の距離を無限に引き延ばす、佐藤が放った異能である。
僅か一メートルの間合いが、宮沢にとっては地球を一周するよりも、太陽までの道のりよりも、遠い。
いくら彼でも、佐藤の空間からは抜け出せなかったのだ。
「あと一瞬、異能の発動が遅れていたら負けていました。 相変わらずの神速ですね」
珍しく、藤崎以外の人間を佐藤が称賛した。 表情からして、演技というわけでもあるまい。
「ありがとう。 やっぱり佐藤さんは優しいね」
「いえ、そんなことはありませんよ」
目くじらを立てたのは藤崎だったか。 それとも―――。
「さて、最後は私か。 勢いあまって殺してくれるなよ」
「それは僕の台詞だよ。 冬眠ならまだしも、凍死は嫌だなぁ」
それが明らかになることはなく、藤崎と宮沢の試合が始まった。
空中から打ち出される、数多の氷晶。 何か面倒くさくなった宮沢は、全て素手で対応していた。
試合開始と同時に藤崎が引き離した十メートル以上の距離は、あっという間にゼロになった。
(フジサキ様の、負け……?)
蚊帳の外になっていたエリアは、もう何が何だか分からなくなっていた。
宮沢が藤崎の体に向けて、拳を打ち込もうとする。 心臓を狙おうとして止め、顔を狙おうとして止め、結局みぞおちに落ち着いたようだった。
その思考は、直接的な敗因ではない。 あってもなくても変わらなかった、というものだ。
宮沢の体が、拳を振りかぶった状態で静止する。
まるで三枝にそうされたかのように、彼は指一本動かせずにいた。
「私もギリギリ、か。 宮沢との試合は、自分の限界など軽く忘れさせられる」
案山子にしては,上出来すぎる。
怪物を手玉に取った超人たちは、そんなことを思っていた。
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