第一話
定期投稿です。 これからは週一投稿です。 日曜日の零時に掲載します。
よろしくお願いします。
異世界転移。
近年の小説によくある状況だが、まさかそんな、自分たちが巻き込まれるとはだれも思わないだろう。 異世界への逃避を願っている人でも、実際に起こると思っている人は極めて少ない。
機関では、様々なシチュエーションへの対応力を養うという名目で、奇想天外な極限状況を設定し、これを生徒たちに体験させた。 その中に、『異世界転移』という項目があったのは、ある意味当たり前のことなのかもしれない。
ちょっとした息抜きのつもりでもあったのかもしれない。 妙にリアルなVRゲームで、ファンタジー世界からの帰還を目指す、と言う訓練。 ゲーム内であると言う理由で、珍しく十人そろって取り組んだ課題。
彼らだって、まさか本当に起こるなんて思ってはいない。 しかし、避難訓練と同様、実際にシミュレートしておくとしておかないとでは、その後の対応がかなり違ってくる。
「やった、成功した……!」
召喚魔法成功時に発生した煙が晴れた時、彼らが目にした物は。
石造りの部屋。
先程の幾何学文様。
燭台と、祭壇。
そして、銀髪翠眼の美少女だった。
「初めまして。 私はティーン王国の王女、エリアと申します」
「篠崎 天音といいます。 篠崎が姓で、天音が名です」
かつてゲームで行ったのと同じ回答を、篠崎はエリアに対し行った。
「シノザキさんですね。 後ろのお方は?」
エリアに名を問われ、残りの九人も答える。
「―――わかりました。
いきなり呼び出してしまって、申し訳ありません」
「いいえ、あなた方にも差し迫た事情がおありでしょう。 お気になさらず」
差し迫った状況。
煙が晴れてから会話が始まるまでの数秒で、篠崎はエリアと、エリアが置かれている状況を大まかにだが、把握していた。 流石は数十万人の頂点、現総理の娘と言える。
「そう言っていただけると助かります。
まずは貴賓室へお通しいたしますので、事情説明はそちらでさせていただきます」
わかりやすい娘だな。
十人が抱いた共通認識は、そんなものだった。
特に戸惑うこともなく、貴賓室にたどり着いた彼らに、豪華な椅子が用意された。
「まずは、召喚に応じていただき、ありがとうございます」
「先ほども言いましたが、礼には及びません」
代表として篠崎が、エリアと会話を行う。 他の九人は基本的にはこの部屋や、エリアを観察している。
「そう言っていただき、何よりです。 あなた方へのお願いをする前に、私たちの状況について説明させていただきますね」
目礼で返した篠崎をみて、エリアが話を続けた。
「現在、わがティーン王国は隣国のエレスハイム帝国に侵略を受けております。 既に国土の七割以上が占領され、国家の滅亡は目前となっております」
「七割、ね」
それはもう負けも同然なのでは? と椎葉が言外に告げる。
「はい。 そこで私たちは、古くより伝わる召喚魔法による事態の改善を試みました」
「それで私たちが呼ばれたと?」
「そうです。 そこであなたたちには、是非とも帝国の軍勢を退けていただきたく」
一瞬考えるふりをして、神妙な表情をした篠崎が言葉を紡いだ。
「――分かりました。 ですが、一つお聞きしたいことが」
「何でしょう?」
「私たちは、元の世界に戻ることができますか」
先ずそれが、十人にとって重要だった。 彼らは元の世界などうんざりだ、なんていう人生の敗者ではなく、将来を約束されたエリートの中のエリートだ。 その未来が閉ざされるのか否かと言うのは、彼らにとっては無視できないものなのである。
「はい。 帝国の脅威を退け、我が国の領土が回復した後、送還魔法であなたたちを元の世界へ送らせていただきます」
嘘は言って無さそうだ。
その判断に基づき、篠崎がエリアに了承の旨を伝える。
「分かりました。 お受けいたします」
「ありがとうございます。 それでは、あなた方の能力を調べさせて貰ってもよろしいでしょうか」
エリアの声に合わせて、彼女の従者が巻物のようなものを十巻、持ってきた。
「――これは」
「自分に宿った力を記すスクロールです。 魔法陣に血液を一滴垂らしていただければ、魔法が起動します」
「魔法、ですか」
さも当たり前のように告げられた『魔法』という言葉に、十人は各々の反応を示した。
篠原と宮沢、そして久世は、驚き。
蔵馬と椎葉は、高揚。
佐藤と東郷、桜木と与那国は無反応だった。
「それでは、こちらをどうぞ」
針のようなものを渡された十人は、各々の観察を行いながら、それを自分の指に刺した。
篠崎だけは、佐藤が一連の動きを完了するまで待っている。 体に刷り込まれた姿勢は、異世界に行っても変わることはないのだ。
各々が魔法陣らしき幾何学文様に血液を垂らす。 指定暴力団組長の息子である東郷だけは、垂らすのではなく血判を押したが。 そんな人物でも、優秀で危険性がなければ選抜されるらしい。 入学当初、篠崎が一番警戒していた人物でもある。
「結果が出ましたね。 何と書いてありますか」
魔法陣は起動し、白紙のスクロールに文字が刻まれた。 個人情報保護の為に本人にしか見えないようになっているのだが―――
「……マジか」
「……むっ」
「……」
彼らの表情は、芳しくない。
「……? 皆さん、如何されましたか」
エリアの声に合わせて、篠崎が巻物を起動させる。
「―――成程」
「シノザキさん、何か問題がありましたか?」
そして彼女は、ある意味当然のことを言った。
「申し訳ありません。 ―――私達には、この文字が読めません」
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