第十話
「大丈夫か、アリシア!」
愛しき人の、声が聞こえた。
「……あぁ、大丈夫、だ」
気丈にふるまおうとするが、どうにもできそうにない。
あの少年。 ―――帝国軍を一人で大量に殺して回り、アリシアをも圧倒して見せた、彼から受けたダメージが響いている。
「意識が戻ったのか、良かった。 ……しかし」
おぼろげな目で、周りを見てみる。
するとそこには、恐らく私を助けてくれたであろう『賢者』のエルフレアが、昏睡状態でベッドに横たわっていた。
「……なん、で」
「あの業火には、何か特別な、恐ろしい力があったのかもしれない。 お前を救い出そうとエルが転移魔法を使った瞬間に、あいつは『燃えた』」
「……燃え、た?」
意味が、解らない。
そうしてそんなことに、なったのだろうか。
「セーレンが火傷は直した。 体内の延焼も、何とか回復した。 しかし、いつまで経っても意識だけが戻らないんだ」
「そん、な」
私たちは、何か。
恐ろしいものに、触れてしまったのだろうか。
「まずいな……。 セーレンの回復魔法でも、君の傷は『治らなかった』。 転移魔法による『機動戦術』と君と言う『将軍』がいなければ、帝国の軍事力も、兵の士気もがた落ちだ。 しかも今回の、奴らの虐殺劇ときた。 ……停戦条約を望む声が、出てくるかもしれない」
たった一度の戦闘。
辺境の都市を攻めるというだけの、何気ない小競り合い。
たった数時間の戦闘で、帝国の軍事力は文字通り、『半減』した。
「それ、は」
「しかも、だ。 エルフレアと繋がっていた十二姫と俺も、延焼で少なくない被害を負った。 ……姫の『権能』は消え、俺の『神威』も半分ほど持ってかれた」
藪蛇にも程がある。
これらすべての被害は、久世の『Ⅰ』によるものだ。 たった一撃で王国側は、帝国の主要戦力の『切り札』をほぼ、無力化した。
「ティーン王国の十人の勇者。 ―――とんでも無い化け物だな。 英語もロシア語も、中国語もペラペラときた。 あの年でだぜ? 天才かよ」
「……えいご?」
ようやく息を整えたアリシアが、クラムハルトに尋ねる。
「俺の―――『前世』の世界。 俺が住んでいた星で使われていた主要言語だ。 意味までは解らない。 ―――英語はともかく、ロシア語や中国語なんてさっぱりだ」
「クラムの前世、か。 『異世界からの転移者や転生者はそろって強い』と言う噂、本当かもしれないな」
「そうかもしれないな。 あいつら、俺が突っ込んでも倒せる気がしねぇ。 俺の特攻を『誘ってる』気がするしな」
『天帝』クラムハルトは、前世の名を『雨城 勇也』という。 平凡な高校生だった彼はある日突然トラックに轢かれ、気が付くと帝国の王子として、この世界に転生していた。
『天帝』とは称号でも二つ名でもなく、彼の『神威』だ。
正真正銘の神の力。 彼に比肩できるものなど、帝国には存在しなかった。
かれは大陸中に平和をもたらそうとして、大陸平定を開始した。 戦乱に明け暮れる諸国を征服し、後はティーン王国を含む、小国が少しだけと言う状況まで成し遂げた。
その力も、智慧も、本物だ。 決して紛い物ではない。
民が増えるほど、彼の力は、『神威』は増していった。
彼は現在、二十五歳。 十八歳で皇帝として即位してから僅か七年で、彼は大陸の八割を手中に収めていた。
「条約を、結ぶのか?」
「あぁ。 俺もなにがなんだかわからんって状況だが、あちらからの『反撃』を果たして防げるのか、俺にはわからない」
「―――っ」
忘れていた。
侵略戦争に負ければ、逆侵攻―――『反撃』が来る可能性がある。
今日の会戦では、あちらの被害は皆無。 対しこちらは少なくない兵と、切り札を失った。
追い詰められている。
小国であるはずのティーン王国に。 彼らが召喚した、たった十人の『怪物』に。
「すまない。 俺が迂闊だった」
「……違う。 私が、甘えていただけだ。 自分の『権能』に」
そのまま、彼らは沈黙する。
エレスハイム帝国側からティーン王国に停戦協定の話が持ちかけられたのは、それから間も無くのことだった。
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一章の最終話が一時間後に投稿されます。 ここからはマッハで行きたかった。




