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異界序列  作者: せれしあ
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第九話


 与那国マキナ。

 

 彼女の苗字は、『与那国島で生まれた』ことに由来する。


 日本最西端の島―――その地下にある極秘研究施設で産まれた彼女は、『神武天皇』の遺伝子を継ぐ正真正銘の『神子』だった。


 数え切れぬほどの『受精実験』失敗の暁、やっとのことで誕生したのがマキナ。 正確に言うと試験体一号である。


 科学者の手によって生み出された、神の血を引く子供。 しかし人間には分不相応な偉業の代償は、身体能力の限界となって表れた。


 彼女には、圧倒的に持久力、体力がないのだ。

 脳機能は、人間とは思えない程の性能を誇っている。 しかし肉体の性能は、そこらの運動が苦手な凡人よりも、数倍酷いものだった。


 テニスを例に挙げるとしよう。

 彼女はどんなプロよりも神がかったサービスを放つことができる。 狙いを外すことなどあるはずもなく、百発百中の腕前だ。


 ―――しかし彼女は、ラリーを『続ける』ことができない。 僅か、1分と言う短時間さえ。


 病弱と言うわけでもなく。

 運動機能に障害があるわけでもなく。


 ただ単に、体力がない少女。 それが、彼女だった。


 ある時、彼女は驚くべき客を迎えた。 時の天皇陛下である。


 科学者たちは、そろいもそろって驚愕した。

 運悪く、どう足掻いても与那国を『隠す』ことは出来ない。


 話すことが浮かばない与那国に、天皇陛下はこう仰った。


「とても、可憐ですね。 お名前は、何と言うのですか?」


 そう言われても、困る。 なぜなら彼女には、名前が無いからだ。


「……名前なんて、ない、です」


 その言葉に陛下は、憐みの表情をもってこうお答えになった。


「そうですか。 では、私が名前を付けましょうか」

「……?」


 それにどんな意味があるのか、当時の彼女にはわからなかった。


「姓は与那国、で良いでしょう。 もともと苗字など、そんなものです」


 誰もが目を見張るような発言を陛下がなさったが、与那国は無反応だった。


「名は……。 そうですね、マキナ、と名乗りなさい」


 西洋の伝説に興味を持っていた陛下は、遊び心をもってこうお名付けになった。


「与那国、マキナ」

「そう。 それが、貴方の名前ですよ。 呼んでみると、よく似合ってますね」


 デウスエクスマキナ。 人造の神。

 人間の限界など完全に無視した、神の如き脳機能を持つ彼女には確かに、マキナと言う名はよく似合っていた。


「……そろそろ帰らねばなりません。 また会いに来ますので、元気でいらしてくださいね」


 お付きとともに、陛下がお帰りになった。

 与那国はよくわからない表情をしつつも、少しだけ嬉しそうにしていた。


 毎年、会いに来る。

 科学者達は、彼女を『廃棄』することをやめ、『教育』する方向へシフトせざるを得なくなった。



 

 場面は現在に戻り。

 与那国は、灼熱する弓矢を以て、神槍使いのアリシアと対峙している。

 彼女の弓は、当たり前だが銃器などよりは弾速が遅い。 そんなスピードでは、アリシアに回避されるのは当然なのだが……。


(……クソっ、妙だ、避けられん)


 どんな回避法を用いても、『すべて読まれているかのように』全弾命中する。 ―――全弾ではなく、全本だろうか。


 与那国にとっては、弾速が一定の兵器なら何でもいいのだ。 神がかった計算能力で、獲物は絶対に仕留める。


(残り、三分。 ……やっぱり、早い)


 身体性能は、神性開放で大幅に強化される。―――しかし、それと同時に体力の消耗もまた、増加するのだ。

 彼女がこの状態を保てるのは残り、三分を切っていた。


「『It's about time to start.(そろそろ始めるぞ)』」


 すべては、計算内。

 藤崎の号令とともに、神槍アリシアにとどめを刺すための―――『詰将棋』が展開される。


「分かった。 そろそろ仕留めるね」


 アリシアに聞こえるような声で、与那国がそう言った。


「……ほう? 随分と舐められたものだ、な……!」


 『挑発』に乗ったアリシアが、真っ直ぐ与那国へ向かって突進してくる。

 『勝利』の理を持った神槍が、与那国を貫かんと煌めき―――


「ふんっ!」


 突如としてそこに出現した東郷に、槍が受け止められた。


(なにっ)


 意識の空白。 それはたったの、一瞬に過ぎない。


 しかしその一瞬は、彼らの『詰将棋』にとって美味しすぎるものだった。


 東郷が消滅する。  それと同時に、アリシアの体液が原因もわからず完全に『凍結』した。


(何が、起きている)

 

 空白は連鎖する。 一度ハマれば、もう抜け出せない。

 与那国が焔の矢を、藤崎が氷の剣を展開し、そのすべてをアリシアに叩き込んだ。


 膨大な威力の攻撃を喰らい、地面へ真っ逆さまに転落するアリシア。 地面に激突する寸前、無理やり態勢を整えようとして、


「させないよ」

 

 戦槌を持った宮沢によって、だめ押しとばかりに字面へ叩きつけられた。


 ―――今のは、効いた。

 『栄光』が自分の体を再生するのを待とうとして、彼女は困惑する。


 再生が始まらない。

 肉体のダメージが、無かったことにならない。


(何が起こっている……?)

 

 すっかりパニック状態に陥ったアリシアは、頭上の巨大な焔の玉に勘付くまで、一瞬の時間を要した。


「『焔玉』。 ―――落ちなさい」


 落日。

 畏怖と崇拝の化身が、不敬者に裁きを下さんと彼女に遅いかかり。


「……っ! 薙ぎ払え、『グロウリィ』、『ヴィクトリア』!」


 単純に『魔力の放射器』として機能している神槍を振るい、アリシアは太陽を斬獲した。


 膨大な熱量が炸裂する。 太陽は最後っ屁の様に、アリシアの逃げ道をつぶすかのごとく、円状に熱線を放った。


 神性を持った焔による結界。 それに蔵馬が練成した十六本の鳥居が突き刺さり、結界は強度を増す。


(これは、外界とここを隔離する、結界……?)


 敵の意図に気づいたアリシアだが、もう、遅い。

 頭上で彼女を見下ろすのは、佐藤と久世。 いつぞやの『実験』と同じ小島の上に立つ彼女らは、ついに異能を『実践』する。


「結界強度、確認。 『Ⅰ』ならば大丈夫です」

「ご苦労様。 じゃぁ、行くわよ」


 世界を滅ぼす、大きすぎる厄災。


「『絶望を描け、Ⅰ(ウーヌス)』」 


 久世はそのうちの一つ、『業火』を開放する……!


 


 何が起きているのか、わからない。

 アリシアの混乱は、頂点に達した。


 いつの間にか彼女の体は、決して解けぬ鎖によって呪縛され。

 地面に巨大な、『Ⅰ』の文字が刻まれているのが見える。


 なんとなく。

 自分は死ぬのだな……。 と、彼女は思った。


 無敵の加護を持ち、戦場では負けなしだった。

 皇帝クラムハルトも彼女の腕を買い、信じていた。


 彼女はこんな、ひよっこ異能者十人の集団になど、負けるはずがないのだ。

 一体何の歯車が狂って、こんなことになったのだろうか。


 彼女の体が、決して抗えぬ業火に包まれる。

 奇しくもそれは、火刑に処される聖女の図と、似ているものがあった。



「……仕留め、ましたか」


 佐藤が、異能を開放した久世に問いかける。


「―――いいえ。 申し訳ないのだけれど、逃したわ」


 久世が異能を解除し、佐藤と与那国、蔵馬も続いて異能を仕舞った。


 何もなくなり、焼け焦げた野原だけが残ったそこには。


 神槍も、アリシアの亡骸もなかった。


どうでしたか? ブクマと感想、良ければ評価までして帰っていただけると嬉しいです。

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