出会いと力と冒険と ①
一瞬、思考が停止した。
しかしすぐに、いつもの青空が視界に入り、死んだわけではないのだと安堵した。
………ん? 青空?
「…え? えぇーーーーー!?」
気付いた時にはすでに時遅し。宙を舞っていた僕の体は勢いよく石畳に打ち付けられた。幸いにも打ち所がよく、怪我はない。けど、一体何があった? そういえば一瞬、声が聞こえたような。
「…痛ってて」
「あの! 大丈夫ですか? 私、急いでて周りが見えなくなっちゃって–––」
起き上がり、声のする方へ振り向くと、そこには同年代くらいの少女の姿があった。
いや待て。男と女が衝突して男の方が吹き飛ばされるってどういうことだ? 彼女は走っていたからもちろん勢いはついていただろうけど、それでもありえない。それどころか彼女はどこか痛がる素振りすら見せていない。え? ほんとにどういうこと?
「あ、うん。大丈夫だけど、君は?」
「私は全然平気だけど、あなたはほんとに大丈夫? どこか痛めたとか…」
そう言って彼女は心配そうに顔を近づけて来る。すると疑っているのか、僕の足をさすったり、目をじーっと細めて胸から足までまじまじと観察(?)している。本当に痛い所なんてないんだけど。しかもなんか距離が近い!
「ほ、ほんとに大丈夫だから! 何もそこまでしなくても…」
「ぁぁごめん! そっか。でもよかった。どこも怪我がなくて」
彼女は一歩後ろに下がり、右手で髪を耳にかけた。ふとした仕草に、思わずどきりとする。
それは多分、彼女の浮世離れしたその容姿のせいだ。
透き通るような銀色の髪は腰のあたりまで伸び、そよ風に靡いている。目は澄んだ空色で、面差しは聡明さと温かさを兼ね備えている。身は純白と水色の絹に包まれ、清らかな美しさを醸し出していた。
一言で表すなら、清廉潔白。たとえどんな大悪党でも心が洗われるような、そんな美しさだ。
「それより、随分と急いでたように見えたけど、何かあったの?」
「ああ、実は結構な額のお金を盗まれちゃって」
「ええ!? まあでも、それならあんなに速く走ってたのも頷ける」
「ほんとにごめんなさい!」
「あ、いやいや! そういう意味で言った訳じゃないから! それより大丈夫なの?お金盗まれたって…」
「ぜんぜんだいじょー!……ぶじゃないかも」
「やっぱり」
「うー…。どうしよう」
彼女は困ったように眉をへの字に曲げて、何か方法はないかとあれこれ思案している。
お金か。幸い今はチャモさんにもらったお金はたんまりある。あれだけあれば一泊分くらい余分に支払うことは簡単だ。それに何より、困っている女の子を放ってはおけない。これは多くの英雄譚を読んで得た、僕の矜持だ。
「もしよかったら、僕が出そうか? その…宿代とか」
「え? ほんとに? …でも、あなたは大丈夫なの?」
彼女は嬉しいような困ったような表情を見せ、上目遣いで尋ねてくる。ふとした仕草に少し心を乱されるが、平静を装う。
「うん、お金なら問題ない。けどその代わり–––」
「その代わり?」
「この街について色々と教えてくれないかな? 実はさっき着いたばかりで右も左も分からないんだ」
頭を掻きながらそう伝えると、彼女は一瞬きょとんとした顔を見せたが、とびきりの笑顔で敬礼のポーズをしてみせた。
「りょーかいしました!」
「と言っても、私もつい最近ここにきたばっかりなんだけどね」
前を歩く彼女はそう言って「えへへ」と舌を出した。
理知的な容姿に似合わず天真爛漫というか、彼女の言動には全く裏表が感じられない。
「へぇ。そうなんだ。どのくらいこっちにいるの?」
「んー、ちょうど一週間くらいかなぁ。でも、ちゃんと案内できると思うから、安心して」
「頼りにしてるよ。…そういや、自己紹介がまだだったね。俺はレクト=アルトゥール。レクトでいいよ」
「レクトかぁ」と小さく頷いて、彼女も続いた。
「私はルミア=フローリア。よろしく、レクト」
「よろしく、ルミア」
同年代の女の子に名前を呼ばれるという経験がこれまで無かったので、なんだか新鮮な気持ちだ。ナルル村では同い年なんて一人もいなかったからなぁ。しかもこんなに可愛い子なんてなおさらだ。
「じゃあ、レクト。まずはどこに向かえばいいの?」
「とりあえず、冒険者ギルドってとこに行こうと思ってたんだけど」
「えっ! あなたも冒険者に?」
彼女は少し驚いたように目を丸くした。
“あなたも”ということは彼女もまた、冒険者なのだろうか? 見た目からは全く想像もつかないけど。
「うん…他に稼げそうな当てもないし」
「そっか。 じゃあ早速ギルドに…と言いたいところだけれど、その前に“あそこ”に向かったほうがいいわね」
「あそこ?」
「“神殿”よ」
彼女に連れられるがままに辿り着いたその建物はまさしく“神殿”といった感じだった。
ほぼ全てが大理石でできており、シンプルな模様でありつつも、その重厚な質感は見るものを圧倒する。幾重にも連なるエンタシスの柱はその重厚な本殿を支え、中央では大きな扉が存在感を放っている。
中に入ると、薄暗い空間の中に淡い光が差し込み、形容し難い神聖さで溢れていた。
身廊の奥には、一際目を引く巨大な像。その彫刻は共通語で『炎神 へファイストス』と記されていた。
「ここはね、炎の神へファイストスを祀っている神殿なの。ずっと昔からこの地で信仰されている神なんだって」
「よくお知りになられていますね」
耳に透き通るような綺麗な声。その主は艶やかな黒髪の司祭さんだった。彼女は神殿の奥から姿を現わすと、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。
「へぇ。ルミア、よく知ってたね」
「あ、う、うん! …まあね!」
ルミアは「実は私も最近教えてもらっただなんて言えない!」みたいな顔でサッと目を逸らした。そういやここに来たのもつい一週間前って言ってたし、クロだな。
「あなたも“天恵”をご希望ですか?」
「あ、はい」
天恵。神族から人類に与えられる、唯一の贈り物。その力は人間の能力を大幅に引き上げる。たとえ小さな子供であっても、天恵を授かっていない大人と張り合えるほどになってしまう。それほど圧倒的な神の力。
加えて、この力は成長する。倒した魔物の質や量、それらの経験が身体に蓄積し、再び天恵を更新することで能力はさらに向上する。
これらの能力は“ステータス”として可視化される。大抵は羊皮紙に書き込むらしいけど、ステータスを可視化させる魔法なんてのもあるらしい。ステータスは力、耐久、敏捷、魔力、神力の五つの要素で構成される。
そして大事なのはこの総合値。一般には“闘威”なんて呼ばれているらしい。闘威にはランク分けがあり、一番下のJランクから始まる。闘威によって冒険者ギルドで受けられるクエストが決まってしまうらしいけど、闘威は言ってみればその人の“強さ”だ。強さが一目でわかるのなら、重視されて当たり前だ。
ちなみにルミアと衝突して僕が吹き飛ばされたのもこの“天恵”のせいだったらしい。僕が非力だっていうことではなくて、ちょっと安心。
「こちらへお願いします」
司祭に促され、へファイストスの像の真下に移動する。
「これより、炎神へファイストスの“天恵”を授けます。では、レクト様、目を瞑ってください」
目を閉じる。神殿の独特な匂いが鼻腔をくすぐる。
心を落ち着けることで、今まで感じ取れなかった情報が次々と入ってくる。
殿内に反響する音、人々の喧騒。
一つ一つがゆっくりと入ってくる。
間もなく、意識が遠のいた。
▷
「レクト様、目をお開けください」
「!」
司祭の声に、体がビクッと反応する。
どうやら“天恵”を授かる儀式は終わったらしい。どのくらいの時間が経ったのだろう。随分と長かったように感じるけど。
「…どのくらいかかりましたか?」
「? ほんの数秒ですよ」
そう言って黒髪の司祭は怪訝そうな顔を浮かべた。途中、誰かの声が聞こえた気がするんだけど気のせいだったのだろうか。周りにはルミアしかいないし、多分そうなのだろう。
「ではレクト様、これを」
そう言って彼女は羊皮紙を手渡してくる。
そこに記されているのはもちろん、僕の“ステータス”だ。
『レクト=アルトゥール』
『力』 655
『耐久』 558
『敏捷』 681
『魔力』 867
『神力』 293
ランクG 3054
冒険者っていったら思いつくものはなんですか?
私の場合は能力値でした。小さい頃はド●クエっ子だったので。
なので今回は”天恵”という形で人々に与えられることになってます。
数値的な強さはお話が進んだら『設定・単語集』の中で後述しますが、気になった場合は質問OKです!
というかむしろ大歓迎です!ステータス以外のことでもどんどん答えます。
そして、ついにヒロイン登場しましたね!
さて、これからどうなることやら...
次回の更新は明日8/19です。
では。