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9.侯爵令嬢とお礼の手紙

 リズベットは自室の隅でため息を吐いた。大きなため息は既に部屋を充満している。それでも吐くことの止められない理由があるとすれば、推しであるレオナルドのこと以外にあるわけがない。例え、昨日の夜会が散々だったとしても、だ。


 ベイル家の夜会はリズベットにとっては、実に散々な結果で終わった。初っ端から洗礼(いじめ)にあったリズベットは、夜会に居続けることで一番の被害者であるベイル家の侍女を守る。結局のところ、上等なハンカチをワインで染まったドレスではなく、他人の家の侍女の涙を(ぬぐ)うことに使ったことが一番の誤算である。


 画して、侍女は首を免れ、リズベットは大いに感謝された。


 ドレスの染みを理由にダンスの誘いを断ること十数回。次から次へと舞い込む誘いに、リズベットは内心苛立っていた。断っている姿を見ているにも関わらず、誘いをかけてくるのだ。


 誘う事に意義があるのか、馬鹿なのかリズベットには分からない。しかし、同じ言葉を十数度繰り返したことへの疲労はダンス数曲分に値した。


 しかし、ため息の理由はそんなことではない。リズベットはもう一度ため息で部屋を染める。


 憂鬱に染め抜かれた部屋は、いつもよりも暗く感じた。怖がりの侍女アンを部屋から追い出し、リズベットは部屋の片隅で体育座りになったのは、今から三十分程前の事。


 今は夜会の翌日、昼下がり。昼までベッドの上でゴロゴロとしていたリズベットの機嫌は別段悪くはなかった。ブロマイドに匹敵する麗しい絵姿を眺めながらのたうち回っていれば、あっという間に時間は過ぎていく。昼までは機嫌が良かった。


 そう、昼までは。


 どこぞの家のお茶会から帰ってきた母の話など聞かなければ良かったのだ。リズベットは後悔した。


 母はお茶会から帰ってきたばかりだというのに、リズベットやオリバーと共に昼食を囲う。その細い身体のどこにそんな隙間があるのかとリズベットは目を細めた。


 ご機嫌そうにナイフとフォークを動かしながら、厚切りの肉を口の中に運ぶ姿には感心せざるを得ない。


 ある程度腹が満たされた頃、母は嬉々として話し出した。


「悪戯をした子達に『私に勝ちたかったら、もっと美しくなって出直して来なさい』って言ったんですって?」


 母の顔には『ワクワク』と書いてある。リズベットは形の良い眉根を寄せた。


「……へ?」


 リズベットの口からは素っ頓狂な声が出た。淑女らしからぬ声である。


「リズちゃんったら、やるわね」


 リズベットは魚のように口をパクパクさせ、母を見た。母は「さすが私の子ねぇ」と、大振りの肉を口に放り込んでいる。オリバーに助けを求めようと視線を巡らせれば、ただ首を傾げられただけであった。


「お母様、誰のことを仰っているの?」

「あら、リズちゃんのことに決まっているでしょう?」


 すっかり厚切りの肉を平らげた母は、ナプキンで口元を拭うとにっこりと笑った。


 お茶会で昨晩の情報を大いに手に入れた母は、上機嫌のようである。その情報の殆どが捻じ曲がっているものだとしても。


 どこをどう曲げたらそんな高圧的な台詞に変換されるのか、リズベットは首を捻る。伝言ゲームですらこんな変わり方はしないだろう。


 悪役令嬢が一人歩きしていく様を見ているようだ。リズベットは震撼した。このままでは何もしなくとも、悪役令嬢としての役割を全うするのではないのかと。


 慌てて母を前に訂正すれば、母は事もあろうかとか残念そうに眉尻を下げた。


「リズちゃんも、やっとハッキリ物が言える子になったと思って、安心したのに残念だわ」


 リズベットは顔に似合わず口下手だ。家族や親しい者には問題ないが、お茶会等で積極的に会話に参加する種類の人間ではない。


 無理矢理連れられたお茶会では、だんまりを決め込み、気づけば「お高く止まっている」と言われる始末。家族のみぞ知る現実だ。


 リズベットもリズベットで、諦めている節がある。無駄に高い身分のせいか、はたまた人見知りの性格のせいか、それとも容姿のせいかは分からないが、気のおける友人は一人もいない。


 数度無理矢理連れていかれたお茶会で、手に入れたるは、何でも褒める人形だ。


 リズベットの顔を見るや否や、綺麗な容姿を褒めそやし、新しいドレスに感嘆の声を上げる。全ては家の為、自分の為。格上たるアンバード家と繋ぎを作る為である。あわよくばオリバーとの縁を繋ぎたいと思っている者もいるかもしれない。


 母はリズベットに頭を抱えていた。人見知りの解消の為にお茶に引っ張って行っては、人見知りが重くなっていく。


「レオナルド様とも全然話せていなかったでしょう? 私はリズちゃんのことが心配なのよ」


 リズベットは小さく息を吐いた。あの日のことは余り蒸し返されたくはない。あれは俗に言う人見知りという類のものではないのだ。


 相手は推しだ。ただの(モブ)ではない。それを同等と捉える訳にはいかなかった。


「良い? リズちゃん。次に会えるのは婚約発表の場なのよ? 貴女がつれない態度を取れば、レオナルド様にもご迷惑がかかるの」


 こうなると母の話は長い。最後のデザートを食べ終えて尚、話続ける母の相手をリズベットは続けた。


 大抵は、ハイハイと返事をしておけば良い。リズベットは心得ていた。今日も今日とて相槌を打つ。


「良い? 明日お兄ちゃんがレオナルド様に会いますから、ちゃんと今夜中にお手紙を書くのよ?」

「は……い?」


 母の話を右から左へと聞き流しながら相槌を打っていたリズベットは、上ずった声を上げた。母は今、何と申したのか。少しばかり吊り上がった目を見開き、確認する為にも母を一心に見つめる。


「話はきちんと聞きなさいっていつも言っているでしょう?」


 母は少女のように頬を膨らませた。


「お母様、今お手紙を書くとか仰ってました?」

「ええ、そう言いました」

「レオナルド様に?」

「他に誰に書くというの。レオナルド様に決まっているでしょう?」


 リズベットには残念ながら、手紙を書く相手など居ない。それ程に親しい友人ができたこともなければ、お茶会を開く予定もないのだから。


 画して、リズベットは自室の隅で、真っ白な便箋と見つめ合っている。残念ながら、一文字も書かれてはいない。


「手紙? 一体全体何を書けば良いの? 『好きです! 応援してます!』とか……? って、ファンレターじゃないのよ!」


 一人漫才も三度目だ。婚約者にファンレターを書いてどうすると言うのか。リズベットは頭を抱える。良い案も思いつかないまま、時計は深夜を告げていた。














いつもありがとうございます。

皆様のお陰でまたジャンル別ランキングの方に載せていただいているようです。


楽しんでいただけましたら、幸いです〜。

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