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8.王太子殿下と婚約者の噂

大変お待たせしました。

「イヴァン、もう一度言ってくれ」

「ですから、リズベット様は()()のそれはそれは美しいドレスを着て、ベイル卿の夜会に参加したそうです」


 レオナルドとイヴァンは見つめ合った。そこに甘い雰囲気などは無い。


 このやり取りを五度行った。イヴァンはそろそろ終わりにしてくれと言わんばかりに、ため息混じりに立ち上がる。しかし、レオナルドの用はまだ終わってはいない。制すように腕を伸ばす。


 イヴァンの眉がピクリと動いたが、気にする程の事でもない。そんなことよりも、リズベットの話だ。


「イヴァン、続けろ」


 レオナルドの真剣な声色に、イヴァンはため息を吐いて上げかけた腰を下ろした。


「菫色のドレスを着たリズベット様の麗しい様子に皆、息を飲んだとか飲まないとか」


 レオナルドはイヴァンの言葉に相槌を打つ。暫し紅茶が冷めるのも忘れて、豪奢な椅子の肘掛に、片膝をついた。


 リズベットが美しいと評判であることは、何度も耳にしている。耳にタコができないのがおかしい程だ。それ故、レオナルドはあまり興味を示さなかった。


 実際に見たリズベットも噂に違わず美しく、その評価に嘘偽り無しと判を押す。


「兄が察するに、どうも、麗しいリズベット様を良く思わない令嬢達がいたようです」

「ほう……それで?」


 興味深い内容に、レオナルドは身を預けていた背凭れから離れ、身を乗り出した。レオナルドの態度にイヴァン は苦笑を浮かべる。


「その令嬢方が、ワインを運んでいた侍女の足を引っ掛けたらしいのです。真っ赤なワインの入ったグラスは弧を描き、宙を舞ったとか。それはそれは芸術的だったそうですよ」

「ワイングラスのことは良い。それで、そのワイングラスが彼女に?」

「さすが殿下。お察しの通りです。まだ始まったばかりの夜会で、菫色のドレスは真っ赤に染まったと聞いております。お労しいことです」


 眉尻を下げたイヴァンだが、同情しているようには見えない。所詮彼にとっては他人事ということだ。口先だけの同情に、レオナルドは小さく息を吐く。


 イヴァンの話を聞いて、顎に手を当てその姿を想像する。ドレスの染みを見つけた途端に、あの綺麗な眉根を寄せただろうか。眉間に出来た皺は、レオナルドから薔薇を贈られた時よりも深いものだったろうか。


 イヴァンは形ばかりに「どうしました?」と聞く。レオナルドが何を考えていようが、イヴァンにとってはどうでも良いことなのだろう。


「いや、それで? 彼女はそのまま帰ったのか?」


 そう考えるのが普通だ。普通の令嬢ならば、染みを作ったドレスで舞踏会にいる事など考えられない。リズベットもまた、そんな令嬢と同じように舞踏会を辞したのだと考えるのが常套だ。


 そんなレオナルドの当たり前な質問に、イヴァンは珍しく肩を揺らして笑った。レオナルドの眉根が寄ったくらい何ともない。


「いえ……」


 イヴァンは思い出したように肩を揺らす。堪え切れなくなって、とうとう口から笑いが溢れた。


「イヴァン、焦らすな」


 苛立つような、急かすようなレオナルドの声が部屋に響いた。それでもイヴァンは何のその。気にした様子もない。それどころか、駄々を捏ねる子供を撫でるように目尻に皺を作って笑う。


「はいはい、わかりました」


 イヴァンはコホンと小さく咳払いすると、息を整える。その時間すら焦らされている気分にされ、レオナルドの目が座った。


(くだん)のワインを運んでいた侍女は、リズベット様に何度も謝罪したそうです。頭を床に擦り付けて」


 侯爵家の令嬢のドレスを汚したと有れば致し方ない。侍女の給金の何ヶ月分が消えるか分かったものじゃないのだから。最悪の場合、給金どころか職も失う。侍女にとっては死活問題であっただろう。


「そんなに彼女は目くじらを立てていたのか?」

「さあ、そこまでは。しかし、リズベット様はその侍女に声を掛けたそうですよ」

「何と?」


 いちいち勿体ぶる言い方に、レオナルドは苛立ちを隠さない。しかし、苛立とうがイヴァンは気にも止めないのだから意味もない。


「『この程度の染みで私の美しさは変わらないわ』と」


 イヴァンの棒読みの台詞が部屋中に広がった。感想を求めるイヴァンの視線にレオナルドは片眉を上げる。


「そして、リズベット様は最後まで夜会を楽しまれたそうです」


 以上だと言わんばかりに、イヴァンは胸の前で手を合わせる。一拍置いたのち、レオナルドが肩を揺らし始めた。レオナルドは目頭を押さえ、止まらない笑いを堪える。堪えれば堪える程に肩がゆれる。


 笑いが収まらぬまま、レオナルドは冷めた紅茶を一気に流し込んだ。その苦味が今程助けになったことはない。笑いも引っ込む味にレオナルドは感謝した。


「侍女への慈悲か、はたまた揺るぎない自信故か……イヴァン、どう思う?」


 レオナルドにはそれを判断するだけの材料を持ち合わせては居ない。まだ一度きりしか会ってはいないのだ。気軽に会えることができればリズベットの事ももっと知れただろうが、レオナルドの身分がそれを許さない。


 ならば数度顔を合わせたことのあるイヴァンならばどうかと問うたが、彼はレオナルドの期待を裏切り、頭を横に振った。


「私には分かり兼ねますね。オリバー様なら、分かるのでは?」

「またオリバーか」


 イヴァンの提案に、レオナルドは心底不満な顔をした。


「婚約者の兄君となるのですから、少しは仲良くなさったらいかがですか? ついでにリズベット様の情報も聞き出せれば一石二鳥ではありませんか」

「オリバーが素直に妹の話をすると思うか?」


 度々関わることのあるオリバーは、一度たりともリズベットの話をした事はない。いや、それは語弊のある言い方やもしれぬ。オリバーは関係の無い話をするような人間ではない。必要事項を淡々と述べるのみであった。


 軽口を叩かない分取っ付きにくいと言っても過言ではない。オリバーに苦手意識を向けていない人間などいるものかと、思っている程だ。


「聞くだけ聞いて見れば良いではありませんか。どうせ、明日会うのですから」

「聞いていないぞ」

「おや、言い忘れておりましたか。失礼しました」


 イヴァンはしれっと言うと、空になったティーカップに紅茶を注いだ。色濃い紅茶が明日を示しているようで、レオナルドは大きなため息を吐いた。












イヴァンの兄「いや〜、アンバード卿のご令嬢は噂通りだったよ〜。ワインの染みすら芸術的な模様に見えてしまってね。はっはっは」





いつもお読みいただきありがとうございます。

4ヶ月もお待たせしてしまい、申し訳ありません。


改稿しつつ、投稿を再開させていこうかと思います。またお付き合いいただければ幸いです。



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