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6.王太子殿下と不味い紅茶

お待たせしました!

 レオナルドは、イヴァンの入れた独特の風味を持った不味い紅茶を口の中で転がした。普通の紅茶とはどんな味だったのか、もう忘れてしまった。この紅茶はアッサムなのか、ダージリンなのか、はたまたセイロンなのか。それすらわからなくなった茶色く濁った液体を見ても、今では躊躇わずに口に運べる。


「今日の彼女の様子はどうだった?」


 既に日課となった質問に、イヴァンは小さくため息をつく程度で、嫌そうな顔はしなかった。「またか」くらいに思っているのだろう。


「残念ながら、今日もあの水色のドレスを見て、とても嫌そうな顔をしておりましたね」


 レオナルドにも、そのリズベットの顔は安易に想像ができた。


「花も駄目、宝石も駄目、ドレスも駄目か。次は何が良いと思う?」


 レオナルドは悲しむわけでも無ければ、憤るわけでも無い。この高揚感は初めて外国の本を手にした時に近い。兎に角リズベットのことが知りたいのだ。


「どんな贈り物も、貴方からだと言われれば、リズベット様は嫌がると思いますけどね」


 レオナルドの気分が高揚すればする程、イヴァンの気分は沈んでいった。しかし、レオナルドは気にする様子もない。


「まあな。しかし、嫌がられるとは言え、婚約者殿だ。精一杯の想いを込めた贈り物をすべきだろう?」

「その贈り物を届けて、ため息と共に迎えられる私の気持ちは、考えたことなんてないのでしょうね?」


 王太子殿下ともなれば忙しい。特に、代わりとなるスペアがいれば尚更だ。不出来と思われれば、この王太子の座からすぐに追いやられるだろう。


 赤い薔薇を贈ってから毎日、レオナルドは、使いを決まってイヴァンに任せた。


 リズベットもイヴァンの顔を見れば、レオナルドからの贈り物を持ってきたと擦り込まれていることだろう。


 嫌を表現する表情は安易に想像できる。きっとこの紅茶の様に苦いのだろう。半刻は舌に残るこの紅茶とどちらが上か、レオナルドはあの日見たリズベットの顔を思い浮かべた。


「その気持ちの悪いニヤニヤ顔、辞めても貰えると嬉しいのですが」


 イヴァンは、両手いっぱいの書類の束を勢い良くレオナルドの目の前に叩きつけた。風圧で、周りの書類がふわりと舞い上がり、そのいくつかは床へと逃げていく。レオナルドの癖のある前髪もほんの少し驚いていた。


 イヴァンは事もあろうに、床に落とされた可哀想な書類には目もくれず、席に戻ってしまった。しかし、そんなことで目くじらを立てるほど、レオナルドは短気な性格ではない。しかも、ここ最近のレオナルドは機嫌が良い。


 優雅な仕草で哀れな書類を拾い上げ、見えない汚れを払う様に、息を吹きかけた。たまたま拾い上げた書類にベイル卿の文字を見つけ、明後日の夜会の話をしているベイル卿を思い出した。


「明後日はベイル家の夜会だったか。リズベット嬢は……」

「参加されるようですよ。確か、兄君のエスコートで」

あいつ(オリバー)か……」


 オリバー・アンバード。リズベットの実兄である。オリバーは、レオナルドの一つ下とあって、接する機会は多い。しかし、レオナルドはオリバーが苦手であった。


「これからは、オリバー様とも仲良くなさってはいかがですか?」

「あれと?」


 レオナルドは、分かりやすく顔をしかめた。それ程に、レオナルドはオリバーのことが苦手なのだ。


「ええ、仲良くしてくれれば、私の胃薬の量も減るというものです」


 イヴァンが胃をさすりながら主張した。しかし、レオナルドは、彼が胃薬を飲んでいるところなど、見たことがなかった。物言いたげに目を向ければ、しれっとして書類の仕分けを始めている。


あいつ(オリバー)と仲良く肩を組んでいる姿が、お前には想像できるか?」


 レオナルドは、勿論想像するなんてことはできない。


「もし仲良く肩を組んで笑っていたら、悪い夢でも見たと目を閉じますかね」


 イヴァンとは、そういう男である。イヴァンは、レオナルドを王太子殿下として見ていない。だから、長く付き合えると言っても過言ではない。


「イヴァン、お前は夜会には?」

「カールトン家からは、兄夫婦が参加すると聞いていますね。残念ですが、私が行ってリズベット様のご様子を観察することはできません」


 イヴァンは、「あー、残念残念」と繰り返しながら、書類の束を机の上でトントンと整えた。全く残念がっている様には見えない。


「だが、噂を聞くくらいはできるだろう?」


 レオナルドは諦めの悪い男だ。興味のある事柄となると尚更だ。


 イヴァンの余裕ある顔が崩れた。


「これはまた、本当に御執心ですね」


 イヴァンの呆れた様な口ぶりに、レオナルドはフンッと鼻を鳴らした。


「なに、興味があるだけだ」

「さて、殿下が誰かに興味を示したことが、今までにあったかどうか」


 ブツブツと、昔の思い出を唱えるイヴァンを無視して、レオナルドは次なる贈り物の思案を始めた。


 積み上がった書類は、手付かずのままだ。レオナルドが本気を出せば、すぐに終わる類のものではあるが、いかんせんリズベットことばかり考えて本気が出ない。


「殿下、それさっさと終わらせて下さい。次がつっかえてますから」


 イヴァンでは決められない事柄が多すぎる。レオナルドに働いて貰わなければ、進まないのだ。


「ああ、夜会でリズベット嬢が何色のドレスを着るのか気になって、書類どころではないな」


 レオナルドが頭を抑えて、よよよと泣いて見せれば、イヴァンは冷めた目線を上司に向けた。


「はいはい。兄上にお願いしておきますから。今はそれに目を通して下さい」


 適当な返事とは言え、確約されたことに満足したレオナルドは、上機嫌に書類を一枚めくった。目を通して印を押すだけである。レオナルド、目にも止まらぬ速さで書類に目を通し、印を押していった。やればできる男なのだ。


 一山片付けたレオナルドは、冷めたティーカップを手にとって、濁った液体を流し込んだ。喉を潤す紅茶は苦味ばかりが際立って、風味も何もあったものでは無かったが、一度この紅茶は飲んだことがある。


「イヴァン、今日の紅茶はセイロンだろう?」


 レオナルドは、得意げに言い、もう一度最後の一口を口に含んだ。イヴァンは眉をひそめて、レオナルドを見ると立ち上がった。新しい紅茶の準備を始めるようだ。


「残念ながら、それはニルギリです。紅茶の味もわからないとは」


 これ見よがしにため息までつかれたが、レオナルドは納得がいかなかった。この紅茶に、ニルギリらしさが残っているのだとすれば教えて欲しい。そう口に出そうとしたが、新しく注がれた茶色く濁った液体を見て、口を噤んだ。













イヴァン「本日は最高の茶葉が手に入りましたよ」

レオナルド「お前はその最高の茶葉が可哀想だとは思わないのか?」




大変お待たせしました。

四月は変化の季節。バタバタとしていて、なかなか続きが書けなく、皆様にはお待たせをしてしまいました。


次回!兄、オリバー登場!

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