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5.侯爵令嬢と王子からの贈り物

 夢見る少女は甘いため息をもらした。なんと悪役令嬢らしからぬ表情か。しかし、寝室(ベッドルーム)は幸いにも一人きりであった。


 早々に、よそ行きのブルーのドレスから部屋着に着替えたリズベットは、はしたなくも皺一つないベッドにダイブしたのだ。


 レオナルドに贈られた薔薇を手のひらに乗せて、ため息をつくこと八回。部屋は薔薇色の吐息で充満している。


 しかし、リズベットは忘れてはいない。リズベットが悪役令嬢であることを。


悪役令嬢(リズベット)の人生ってどんなだったのかしら」


 リズベットには知識がある。乙女ゲームで得た前世の知識だ。しかし、その知識には偏りがあった。何故なら、全ての物語はヒロインの見た世界なのだから。


「ヒロインだったら何も問題なかったのよ」


 何度唱えても、悪役令嬢であるリズベットはヒロインには代わることなどできない。ああ、悲しいかな。悪役令嬢はヒロインの手を取ったレオナルドに婚約破棄される運命である。


 リズベットは、大切な贈り物である薔薇の花をサイドテーブルに置く代わりに、姿絵を手にため息をもらした。


「ああ、レオナルド(ロミオ)。貴方はどうしてレオナルド(ロミオ)なの」


 リズベットは涙した。否、有名な戯曲――ロミオとジュリエットの様に二人の家は敵対しているわけではないのだが。


 レオナルドの他にも攻略対象と言えるヒロインのお相手は四人もいる。ヒロインの選択からレオナルドルートが外れれば、リズベットは婚約者のままであろうと予想された。


 予想は予想である。別ルートに入ってまで、レオナルドの婚約のことを説明する義理は乙女ゲームにはない。ルート選択によっては、レオナルドのレの字も出てこない程だ。


 悪役令嬢となった今、前世で得た乙女ゲームの知識など殆どあてにはならないのだ。


 そして、ヒロインがレオナルドを決して選ばない。という保証もない。


「もうこうなったらヒロインの家を取り潰してしまおうかしら……」


 リズベットは悪役令嬢の様に、美しい顔を歪めた。そう、ゲーム開始前のシナリオが無い今ならば、ヒロインも怖くない。ヒロインは、まだ庶民である。


 初回以外は毎度スキップするゲームのオープニングで、ヒロインは貴族の娘であることが発覚するのだ。父親と思しき貴族に手を差し伸べられるシーンを見た記憶がある。その貴族を潰してしまえば、悪役令嬢であるリズベットの運命――婚約破棄は変えられる。


「ああ、ダメだわ。どこの家かなんて覚えていないもの」


 リズベットは叱咤した。なぜ、あの情報の詰まったオープニングをスキップしたのかと。


 ほにゃらら男爵令嬢なのは確かだ。名はソフィア。しかし、名前がわかったところで意味がない。攻略対象達は彼女を家名で呼ばない。好きなものの記憶力が良いオタクであったリズベットとて、呼ばれたこともない家名を覚えている筈がないのだ。ソフィアなんて名前の情報だけで、庶民の少女を探し出すなんて、至難の技だ。SSR排出率より低いだろう。


「運命を受け入れるしかないというの?」


 リズベットは思い出す。最後の時である断罪のシーンを。嫉妬に駆られた悪役令嬢の嫌がらせを大勢の前で断罪する、手に汗握る場面である。


『ソフィア、君と一緒なら茨の道でも構わない。共に歩んではくれないか?』


 アンバード侯爵家という後ろ盾を自ら捨て、何も持たないヒロインの手を取るのだ。その眼差しの強さと甘さは何たることか。最高の告白(スチル)である。


「あれが生で見れるの? 最高じゃない」


 しかし、見ることができた場合は婚約破棄の運命が待っている。その後のリズベットの人生は一言も書かれていない。追加で発売されたファンディスクには、存在すらなかった。


 困ったことになった。| 前世のオタク魂がこびりついて取れない。


 悪役令嬢らしく策を巡らせ、婚約破棄(バッドエンド)を回避すべきであると悪役令嬢である右のリズベットは言う。しかし、これは又とない機会である。生スチルである。見ない手はないと、オタクである左のリズベットは言った。


「婚約破棄は嫌……でもスチルは見たい……」


 右のリズベットと左のリズベットが言い争う。しかし、飽くなき戦いは続いた。両者一歩も引かないのだ。


「いいわ……まだ先だもの。保留よ」


 リズベットは、前世の記憶があるとは言え、十四歳の少女である。一生の決断をパッと出来る程の勇気は育っていなかった。


 リズベットは大きなベッドに大の字になった。今の彼女にできることがあるとすれば、天井の模様をなぞるくらいである。


 陽が沈むまで、一人悶々とベッドの上で過ごしたリズベットは、ノックもせずに入ってきた母によって叩き起こされた。


「お母様、ノックはしてっていつも言ってるじゃない」


 最早これは、リズベットの口癖である。きっと一生、母はリズベットの部屋の扉を叩くことはないだろう。


「そんなことより着替えて頂戴。お客様よ」

「こんな時間に? 誰?」


 晩餐前である。前触れも無く訪ねてくるとは、どんな非常識な者か。女には準備が必要だ。部屋着で出るわけにはいかない。リズベットは、柳眉を逆立てた。しかし、母の言葉によってすぐに怒りは驚きに変わる。


「レオナルド王太子殿下の従者様よ」

「え……?」


 昼間会ったばかりではないか。


「どうしてもリズちゃんに、直接お会いしたいって言うのよ。だから早くなさい」


 遅れて入ってきたアンに素早く赤いドレスに着替えさせられたリズベットは、不承不承広間サルーンに向かった。


 イヴァンは丁寧に腰を折ると、手に持つ薔薇の花束をリズベットに差し出した。


「レオナルド王太子殿下より、アンバード侯爵令嬢リズベット様への贈り物でございます」


 手にした花束は、見事な真紅の薔薇である。好きだと言った薔薇をすぐに送る程まめだとは、リズベットは知らなかった。新しい推しの一面である。ゲームでは知り得なかった情報に、リズベットのオタク魂は歓喜した。


 何よりも推しからの初めての贈り物である。これは、リズベットの人生、いや、前世の分を合わせたとしても初めての経験である。


 友人に「レオナルド様から預かってきた」という名目の誕生日プレゼントを貰ったことがあった。あの時の嬉しさを超えるこの喜び。天にも昇る心地とはこのことか。


「嫌だわ。単純よ」


 今までの悩みなど一瞬で吹き飛ぶ己の単純さに、自らを叱咤した。あまりの喜びに、我を忘れ別世界へ行くところであった。


 一度、小さく深呼吸をして、地に足を戻す。これでいつも通りだ。


「……殿下には、「素敵な薔薇をありがとうございます」とお伝え下さいませ」


 笑顔を向ければ、イヴァンは楽しそうに笑みを返した。


「畏まりました。それでは、この様な時間に申し訳ございませんでした」


 イヴァンは薔薇の花束だけを置いて、さっさと帰ってしまったのである。所要時間はおよそ5分。それは、リズベットの着替えた赤いドレスの寿命でもある。


 美しい真紅の薔薇を離さないリズベットの着替えに気弱な侍女が苦労したことは、言うまでもない。















前世(リズベット)の友人「実は、今日ね。貴方の大切なレオナルド様から、誕生日プレゼント預かってきたの。本当は今日お祝いしたいって言ってたんだけど、彼忙しいんでしょう?」

前世(リズベット)「……!!!!!!!!」



※SSR排出率=スマホゲームの「ガチャ」で引けるキャラクターのカードのレアリティの高い物を示しています。


いつもありがとうございます。

次はレオナルドのターンです。

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