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4.王太子殿下と婚約者の好きな花

 レオナルドの機嫌はここ最近の中で一番良かった。上機嫌で執務室に戻ってきたレオナルドを迎えたのは、従者イヴァンである。


「いかがでした?」


 聞く必要も無い程に、鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌なレオナルドを見たとしても、聞かずにはいられない。それがイヴァンという人間なのであろう。レオナルドが長椅子に腰掛けるや否や、すぐに紅茶を差し出した。


「ああ、そうだ。リズベット嬢に薔薇の花束を贈ってくれ」

「薔薇ですか?」


 イヴァンが首を傾げれば、優雅な手つきでティーカップを手に取る。レオナルドは殊の外上機嫌だ。だからなのだろう。従者イヴァンの入れた美味しくもない渋味の効いた紅茶に、文句を言わなかったことなど無いにも等しかったが、今彼は何も言わずにその紅茶を飲んでいる。


「この世界に秋桜以外を好きな女性がいることを始めて知ったよ」


 レオナルドが「どんな花がすき?」と問えば、百人が百人共「秋桜(貴方と同じ)」と唱える。その答えにレオナルドは飽き飽きしていた。しかし、リズベットは他と違う。レオナルドの好きな花が秋桜と知ってか知らないでかはわからないが、「薔薇(違う花)」と答えたのだ。


 レオナルドはにっこり笑った。母親譲りの美しい顔が作る微笑みは、何人をも魅了する。けれど、長年側に仕えているイヴァンだけは違った。この笑顔が意味するところを感じて、目を細める程度だ。


「リズベット様、殿下にこれっぽっちも興味が無さそうでしたからね」

「私の事など居ないように扱われたのは、初めてだよ」


 イヴァンも温室(コンサバトリー)での一件は知っている。レオナルドの後ろに控え、終始見ていたからだ。リズベットはレオナルドよりも、窓の外の庭園に興味があるようであった。


「庭園では二人きりだったのでしょう?」

「折角好きだという薔薇の花を、私の手で髪に飾ってあげたのに、頬を染めもしないどころか、終始真顔だったよ」


 レオナルドは、肩を竦めて残念そうに笑うけれど、イヴァンには彼が楽しんでいるのがわかってしまったようだ。


「薔薇が好きだと言うから薔薇園に連れて行ってあげたんだけどね。私から手を離した途端に、「ああやっと離れらる」とでも言いた気にため息を漏らされたよ。私はどんなに嫌われているんだろうね?」


 今日のレオナルドは饒舌だ。レオナルドの楽しそうな顔を見るのは長年共にいたイヴァンであっても初めてであった。


「簡単に手に入る花より、なかなか手に入らない薔薇がお気に召しましたか」


 イヴァンはため息をついた。


彼女(薔薇の花)がどんなに気高く咲くのか、興味が湧いただけさ。それに」


 レオナルドは思い出す。母親の墓に手を合わせるリズベットの横顔を。


 レオナルドは、リズベットに逃げられるようにして別れたが、初めての王宮、素顔が見てみたいという思いから、跡をつけたのだ。建前上は、迷子になったら大変だ、というものではあったが。


 彼女は迷いなく、馬車へと向かう。頭が良いのだろう。似たような廊下が続いているというのに、一度案内されただけで覚えてしまったようだ。


 しかし、途中から道を外した。人がいないことを入念に確認していた様子から、迷ったわけではなさそうだ。


 こっそりとついて行けば、見慣れた母親の墓に辿り着く。


『これからも、レオナルド様をお守り下さいませ』


 その言葉にどんな意味が含まれているのか。レオナルドは思案した。


「なあ、イヴァン。嫌いな男の親の墓参りに行く、その心は?」

「は?」


 普通なら不敬で罰せられるようなイヴァンの態度も、イヴァンだからこそ許される。例え口が悪くとも、レオナルドはイヴァンを咎めたことはなかった。


「普通は、そんな馬鹿なことをする人はいないでしょう」

「普通なら、ね……」


 けれど、リズベットはそれをしていた。見たくもないレオナルドの親の墓に手を合わせたのを、レオナルドはこの目で見た。


「彼女は普通の令嬢とは違うようだ」

「私も、リズベット様はその顔に騙されないくらいには聡明な方だと思いますよ」


 イヴァンの言葉など、何のその。どこ吹く風と聞き流し、冷めた不味い紅茶を飲み干す。


「不味いな。何年経ったらうまく淹れられるようになるんだ?」

「美味しい紅茶が欲しいなら、この部屋に侍女を一人迎え入れればよろしいかと」


 レオナルドは、この執務室にあまり人を入れたがらない。自由に出入りを許しているのはイヴァンくらいなのだ。


腰掛け(王宮侍女)は積極的だからな。ここくらいは静かに過ごしたい」


 行儀見習いという名目で王宮に出仕している年頃の侍女は、あわよくば王太子であるレオナルドに見初められたい。という思いが、透けて見える。


 それは、婚約者が隣にいても変わらないだろう。身分が重視され、しがらみの多い正妃よりも愛妾の座を狙っているのだ。


「ならば、この味にも慣れて下さい。お代わりはいりますか?」

「お前には、殊勝さを見せて欲しいものだ。頂こう」


 肩を竦めるイヴァンにレオナルドは笑った。不思議なものだ。この渋味も慣れてくると癖になるのだから。


「次にリズベット嬢に会えるのはいつかな?」

「王宮で行われる舞踏会でしょうね。そこが婚約のお披露目となるかと」


 レオナルドは澄ました顔で、先程よりも数段渋くなった紅茶を口の中で転がした。


そんなに(まだまだ)待たねばならないのか(先の話ではないか)。ああ、そうだ。イヴァン、リズベット嬢への薔薇の花は、お前が持って行ってくれ」


 レオナルドの有無を言わさない威圧的な笑顔にもイヴァンは動じたりしない。つまりレオナルドは、薔薇を受け取るリズベットの様子を細かく知りたいのだ。それにはイヴァンが適任であることは言うまでもない。イヴァンは、「はいはい」と了解すると、残りの紅茶を空のティーカップに移して飲み干した。


「しっぶ……よくこんなの飲めましたね」


 レオナルドは、お前が入れたものではないか。と出かかった言葉を渋味の増した紅茶で流し込んだ。













夜会でのレオナルド「誰だったかな(ごきげんよう)とりあえず(今日も)褒めておこう(素敵だね)




お待たせしております。


今回も楽しんでいただければ幸いです。

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