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14.侯爵令嬢と新たな危機

 重々しい雰囲気が充満した部屋で、リズベットは身を縮ませた。父はいつもと変わらないが、優しい母の顔が鬼か悪魔のような形相に変わっている。いつもなら、ヒーローの如くリズベットを助けてくれる兄も、瞼を閉じ腕を組む。難しい顔だ。


 リズベットはそれも致し方ないと小さくため息を漏らす。


「デビューしたばかりでリズちゃんはまだ良く分かっていないかもしれないけれど、今回の事はとても大変なことなのよ?」


 分かっていると言えば火に油を注ぐ結果になる事は明白だ。リズベットは素直に頷いた。


 リズベットは、神妙な顔つきで、今日の事を思い起こす――。



「は? ドウタン?」


 リズベットが思わず呟いた言葉に、ルーカスは眉をピクリと動かす。ああ、やってしまった。などと思った時には遅かった。


 同担。それをこの世界で生きる人間に説明するのは難しい。リズベットは一人考えを巡らせた後、頭を横に振った。


「何でもないわ。独り言よ。忘れて」

「何でもない訳無いだろ。何だ、そのドウタンというのは」


 ルーカスはリズベットの言葉をあっさりと切り捨てる。そう簡単に逃してはくれなさそうだ。リズベットは漏らしそうになるため息を飲み込んだ。


「そう、ね……同じ人を好きって意味かしら?」


 分かりやすく伝えたと、リズベットは満足げに微笑んだ。リズベットが見た限り、ルーカスはレオナルドのことが好きなようだ。有り体に言えば兄上大好き(ブラコン)である。


 何故仲の悪い振りをしているのかは分からないが、リズベットの記憶にあるゲームの中の印象とは全く違う。


「……はぁ?」


 ルーカスは人前では絶対に出ないような声で、リズベットの答えに不満を漏らす。


「何、お前兄上が好きなわけ?」


 リズベットは息を飲んだ。ルーカスの目は据わっている。この男、同担拒否過激派だ。


 同担拒否。この世には、愛故に同じ志を持つ者を拒否する者がいる。同じ者を推しているからといって、手を取り合っていけるわけではない。オタクの難しいところである。


 まさしくルーカスは同担拒否。しかも過激派だ。レオナルドを好きだと言えば、首を狩る勢いで潰しにかかるだろう。しかも相手は第二王子。権力者だ。いとも簡単に同担を潰していけるではないか。


 しかし、リズベットにもリズベットの矜持がある。推しではないと言う訳にはいかない。リズベットにとってレオナルドは伝説級の(レジェンド)推し。胸を張って宣言できる。


「私にとって、レオナルド様は唯一無二の存在よ」


 リズベットの宣言は堂々したものだった。腰に手を当てて、胸を張った。お子様(ルーカス)になど負けてはいられない。


 ルーカスが苛立ったように口開こうとした時だった。劇場から大きな歓声が聞こえたのは。


 ルーカスは一度舌打ちをする。リズベットとルーカスのいる廊下に人がちらほらと現れ始めた。これ以上ここにいるのはあまり宜しくない。


 その判断はルーカスも同じだったのだろう。すでに注目が集まっている。


 ルーカスは、ゲームと同じ笑顔を作り口角を上げた。そして、リズベットを頰を優しく撫でる。僅かに周りが騒ついたが、ルーカスは気にも止めない。


 ルーカスの顔がリズベットに近づくと、周囲の騒めきが一際大きくなった。


「また会いに来るよ、子猫ちゃん」


 リズベットの耳元でルーカスが囁く。囁くというには大きな声だ。多分に近くの者には聞き取れただろう。でなければ、ルーカスは猫を被る必要などない。


 リズベットの頰がピクリと反応する。これ以上何を話すと言うのか。


 リズベットが拒否の態度を取れば、「不敬だ!」と指をさす者もいるだろう。貴族の世界など揚げ足の取り合いだ。


 リズベットは答えるしかなかった。


「楽しみにしております」


 リズベットの答えに騒めきが大きくなる。ルーカスは返事に満足したのか、楽しげに去っていった。嵐のような男だ。リズベットが安堵のため息を吐く。


 しかし、それだけで済むわけがなかった。


「リズちゃん?」


 聞き慣れた声が背中から襲って来た。外行きの声なのに、どこか恐ろしささえ感じる。ぎこちなく振り向けば、笑顔の母といつもの威厳のある表情の父が立っていた。


 その後のことは思い出しただけで震える程だ。


 本来なら、観劇の後は晩餐に呼ばれていた筈であった。しかし、色々と理由をつけた母は、リズベットを連れて帰ってしまう。


 無言の馬車の中では胃を痛め、屋敷に帰っても何も言わない母に頭を痛め。気づけば朝になっていた。


 正確には極度の緊張から解き放たれたリズベットが両親と話す前に寝入ってしまったのだ。お礼状の作成と観劇。そして、ルーカスとの対峙。これだけでリズベットの精神はいっぱいいっぱいであった。


「――良い? 分かった?」

「えっ?」


 母の強い声に、リズベットは我に返る。しかし、「聞いていませんでした」とは言えないような雰囲気で満ちていた。


「リズちゃん?」

「……はい」


 どうせ「はい」以外は許されない。ならば「何が?」と聞いて追加で怒られるよりも、素直に頷いておくのが一番だ。何に対しての「はい」なのかこの際置いておくことにした。


「じゃあ、リズちゃんは当分お屋敷で過ごすのよ」

「母上、となると社交はどうしますか?」

「体調不良ということで当分はお断りして。今は殿下の大切な時よ」


 リズベットを差し置いて、母と兄が話を始める。それに耳を傾けていれば、リズベットは謹慎処分となったようだ。思ったよりも軽い刑罰にリズベットは安堵のため息を漏らす。


 しかし、リズベットは己の行為に叱咤した。推しの足を引っ張るような行為をしてしまったのだから致し方ない。


 本来ならば、その身分ゆえ一番近い場所で推しの未来を応援できる立場であるというのに、だ。これからはもっと気を引き締めていかねばならない。リズベットにとって推しの幸せこそが最大級の幸せなのだ。


 リズベットは母と兄が難しい話をしている間、手のひらに爪の跡がつくほどに強く手を握りしめ決意した。


 それから数日は、リズベットにも平穏が訪れた。社交場はさほど好きではない。同年代が集まるお茶会も基本は自慢話か、有力な貴族の娘を持ち上げるかのどちらかだ。


 リズベットは持ち上げられる方ではあるのだが、あからさまなごますりには辟易していた。


 ゴロゴロとベッドの上で推しの絵姿を見る毎日は、リズベットにとっては幸福の何ものでもない。


 その日もゴロゴロと推しの絵姿を眺めていた時だ。突然部屋の扉が開いたのは。


「もーお母様、ノックはしてっていつも言って――」

「リズちゃん、早くお着替えして!」


 リズベットは母の形相に驚いた。目を丸く開き、瞳が零れ落ちそうな程である。


 このパターンをリズベットは知っている。母が慌てて入って来るときは何かがあるのだ。そして、最近だと決まってレオナルドのことであった。


「レオナルド王太子殿下がお見えになっているのよ!」


 ほらね。


 リズベットはどこか誇らしげだが、それがどれ程の危機かその時のリズベットにはよく分かっていなかった。















リズベット「ブラコンオレサマが裏の顔とか設定盛りすぎじゃない?」

ルーカス「……はぁ?」




次回はレオナルドのターン!

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