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12.侯爵令嬢と第二王子

お待たせしました。

 ゲーム随一の色気を放つ、彼の名はルーカス・アスイール。この国の第二王子だ。


 リズベットは至近距離故に眉を顰めた。しっかりと抱き込まれた肩、顔は隙あらば寄せ合うことが可能な程に近い。逃げ場を失ったリズベットに、為すすべはない。


「ルーカス王子……」

「そう、よくできました。勿論、君のことも知っているよ。子猫ちゃん」


 リズベットは呆然とルーカスを見上げた。彼のことは良く知っている。前世では、その蕩けそうな声で何度も呼ばれていた。


『子猫ちゃん』


 それは、ルーカスが女の子を呼ぶ時の常套句。リズベットの記憶よりも随分と若々しい彼は、まだ十五。リズベットの一つ上だ。


 十五とは思えない色香は、彼のアイデンティティとでも言うのだろうか。


 肩まで伸ばした真っ直ぐな髪の毛がサラリと揺れる。ルーカスの持つ琥珀色の瞳には、リズベットが大きく映し出されていた。


 ルーカスは、ヒロインのお相手――攻略対象の一人だ。十代ながらに色香を放ち、数多の令嬢を手に掛ける。目が合っただけで、声を聞いただけで妊娠する程の色気だと、どこぞの誰かが言っていたのは前世の記憶だろうか。


「貴方だって子供ではありませんか」


 リズベットはため息を吐いた。少しくらい頬を赤らめても良いものの、今のリズベットにはそんな余裕は一切無い。睡眠時間も取れていなければ、手紙の一件で頭がいっぱいだったからだ。


 こうしている合間にも、(オリバー)はリズベットのお礼状を手渡しているやもしれぬ。スマートフォンのように、一瞬で連絡が取れる画期的な道具は無いものかと、リズベットは頭を悩ませた。


 悩んだところでスマートフォンもなければ、魔法もない。手紙を書いて渡したところで、届くのは、リズベットの手紙が手渡された後であろう。


 そう、リズベットは今、お子様(ルーカス)の相手をしている暇など無いのだ。


「君、面白いね。ちょうど暇なんだ、俺と遊ぼうよ」

「私は暇ではないわ」

「少しくらいいいでしょ? ねえ」


 ルーカスは懲りずに肩を抱く腕に力を込める。リズベットも合わせて眉根に力を込めた。


「私、貴方に構ってる暇ないの」

「一人でこんな所に居るのに?」


 ああ言えばこう言う。リズベットは小さくため息を吐く。それでもルーカスは、にこやかな笑みを絶やさずリズベットを見つめた。


 ならば、仕方ない。とばかりにリズベットはルーカスを見据える。ルーカスは綺麗な琥珀色の瞳を細めて首を傾げた。


「私、貴方のお兄様と婚約しているのはご存知でしょう?」


 ルーカスの眉がピクリと跳ねた。リズベットの言っている意味が分からない程、彼の頭は空っぽではないようだ。


 王太子レオナルドと第二王子ルーカスは仲が悪い。国王の寵愛を受けた前王妃の子と、親の力で空いた席に座った現在の王妃の子。仲が良くなる要素が一切無い。それはこの国の貴族なら誰もが知っている事実であり、貴族を二分する問題でもあった。


 社交界に出たばかりのリズベットに、そのことを丁寧に説明してくれるお節介がいたわけではない。晩餐や家族で団欒を楽しんでいる折に、両親や兄の話に耳を傾ければ、察することができた。アンバード家は王太子派であるということも、だ。


 そして、リズベットは新しい情報も手にしている。——前世の記憶という名の情報だ。レオナルドルートにも第二王子ルーカスとのやり取りは色濃く描かれていた。


 ルーカスは王太子の椅子を狙っている。その為、レオナルドは強力な後ろ盾が必要であった。故に、アンバード家の後ろ盾を手に入れる為に、レオナルドは悪役令嬢(リズベット)と婚約する。しかし、レオナルドは後に出会うことになるヒロインに惹かれていく。彼は真実の愛と王太子の座を天秤にかけることになる。


 最後まで王太子の座を脅かしていたのは他でもない、ルーカスだ。ルーカスの存在さえなければ、レオナルドは何も悩まないでリズベットをポイっと捨て、ヒロインの手を取っただろう。そういう意味では、ルーカスはリズベットにとってはキーパーソンでもある。


 しかし、リズベットはアンバード家の人間だ。ルーカスにとって、王太子派のアンバード家の人間に近づきたくはない筈である。


「へえ……馬鹿では無いみたいだね」

「お判りになったのでしたら離してくださいますか?」

「それとこれとは別さ」


 ルーカスは半ば強引にリズベットの顎を引く。


「ねぇ、もしも今、誰かがたまたま通り掛かったらどう思うかな? 兄上の婚約者であるアンバード家のご令嬢が第二王子ルーカスと身を寄せ合っていた……なんて思ってしまうかもしれないね。どちらの方が不利だと思う?」


 ルーカスは目を細めて笑った。


「第二王子があからさまな方法で、アンバード家を第二王子派に引き込もうとしているようだ。と、噂になるのではないかしら?」

「君は親の力で王太子との婚約したのみでは飽き足らず、第二王子にも手を出したと噂されるかもしれないね」

「どっちも痛い思いをしてまで、こんなことする必要が有るのかしら?」

「……つまらないなあ。もう少し慌てふためく姿が見たかったのに」


 ルーカスは、小さく息を吐くと、リズベットに触れていた両方の腕を離して両手を上げた。笑顔のままゆっくりと数歩下がる。リズベットもルーカスと目を合わせたまま何歩も下がって距離を取った。その様子を見た彼は、声は出さずとも肩を大きく揺らして笑う。


「安心して。変なことはしないよ」

「……それで、何が目的だったの?」


 わざわざリズベットに近づいたのだ。しかも相手はリズベットをアンバード家の人間と知ってのこと。何か理由がある筈だ。リズベットは身構えた。


「そうだね、兄上の婚約者がどんな()なのか見ておこうと思ってね」


 つまり敵情視察ということか。リズベットは形の良い眉を寄せた。


「そう、ならもう良いでしょう?」


 ルーカスと話していて良い事はなさそうだとリズベットは考えた。面倒に絡まれてしまったせいで、お礼状の対処方法を考えることすら忘れ、リズベットは両親の元へと戻ろうと考える。


 ルーカスと話していたことが両親に知れれば、良い顔をされないことは嫌でも分かるからだ。その前に逃げてしまうのが得策だ。父や母の前まで追ってくるとは考え難い。


「いや。まだ用は終わってないよ」


 折角離れたルーカスが、ツカツカと足音を立てて近寄ってきた。リズベットが逃げる前に、ルーカスはまた二人の距離を詰める。


そして、綺麗な手でリズベットの頬を鷲掴んだ。


「ちょっと顔が綺麗だからって、兄上に釣り合うと思うなよ」


 地を這うような低い声。優美な笑顔からは想像もできないようなデスボイスだ。リズベットは頬を引きつらせた。頬を掴まれているせいで、ルーカスを見上げることをすらできない。


パクパクと口を開閉すると、ようやくルーカスが頬から手を離した。


「何を言って……」

「だから、親の力以外何も持たないお前が、兄上の隣に立てると思うなよって言ってるんだ。人の話くらい聞けよ」

「なっ……!」


 リズベットは目を白黒させた。それもその筈。彼女は目の前に立つ男を知らない。彼女の知っているルーカスという男は、紅茶に砂糖を五杯は入れてその上ガムシロップを投入したような甘い言葉で形成されているような男だ。


「だいたい、お前みたいなちんちくりんが兄上と釣り合うと思うか? 可哀想に。本当ならもっと知的で美しい女と結ばれる筈だろう? その椅子はな、親の力で座って良い場所じゃないの。隣で兄上と国を見て、国のことを考えられる聡明な女が座る場所なんだよ。綺麗に着飾っていれば良い訳じゃない。兄上が優しいからって付け上がっているようだが、全く釣り合いが取れてないことくらい気づけよ」


 リズベットは口をぽっかりあけてルーカスを見つめる。その姿は貴族の令嬢にあるまじき姿であった。


「貴方、まさか……同担……?」


 思わずリズベットは呟いた。前世(いにしえ)の言葉を。














リズベット「安心して!私同担拒否ではないから!」

ルーカス「……は?」






お待たせしました。

12話更新です。

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