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File.12 ◆

 カノープス脱出作戦を明日に控え、セナとイヴは早めに部屋に戻って休息を取ることにした。

 カーテンの開いた窓の外は夕方だが、日も沈み始めていて少しばかり薄暗い。

 そんな外の景色につられるように、イヴはベッドに腰かけたままどこか浮かない顔をしていた。


「ねえイヴ、どうかした?」


 元気のないイヴに声をかけ、隣に腰かけるセナ。

 明日には自由の身になれるというのに、彼女はどうしてこんなにも重々しい表情をしているのだろうか。


「あの、セナさん……聞いてもいいですか?」


 顔は俯いたまま上目遣いでセナの顔を見上げるイヴ。

 何か気になっていることがある様子の彼女に、セナは頷いて言葉の続きを待つことにした。


「ルーカスさん、でしたっけ。随分仲がいいようでしたけど」


「え? うん、まあ、それなりにね。長い付き合いだし」


「セナさんとルーカスさんは、一体どういう関係なんですか……?」


 イヴの問いには少しばかり棘があるように感じた。

 言葉の調子だけではなく、彼女は上目遣いのまま睨むようにセナの顔を見つめている。

 その視線に突き刺されるのを感じて、セナはようやくイヴの言いたいことが何なのかを察したのだった。


「あっ、いや、アイツとは別に何もないわ。監視軍の同期で、ただの腐れ縁! それ以上でもそれ以下でもないから!」


「本当ですか? 本当にただの同期なんですか? その割にはベタベタしすぎじゃなかったですか?」


「ちょっ、イヴ、落ち着いて……!」


 だんだんと言葉を強めながら、イヴがベッドに腰かけたセナとじりじり距離を縮めてくる。

 その迫力に仰け反るセナは、そのままベッドの上へと押し倒されてしまった。

 セナの胸の上にのしかかるように伏せたイヴの表情は見えない。

 しかしセナの上着をぎゅっと掴んだその手から、彼女の心情がしっかりと読み取れるようだった。


「……もしかして、ちょっと妬いちゃった……?」


「……ちょっとじゃないです」


「えっと、ごめん……」


 これは迂闊だったとセナも反省せざるを得なかった。

 突然現れた男とセナが自分を除け者にして何やら話しているのを見せつけられたイヴの心情を考えると、それはとても穏やかでいられるものではないかもしれない。

 次第にもやもやとした罪悪感が込み上げてきて、それが胸の中でぐるぐると渦巻くのが非常に極まりが悪かった。


「……だから、セナさんにはお仕置きが必要です」


「……へ?」


 イヴの言葉の意味を聞き返そうとした矢先、セナの唇が柔らかな感触に覆われて問い返すことは叶わなかった。

 この感触はよく知っている。

 今までにもセナを虜にし、魅了し、狂わせてきた魔性――イヴとのキスだ。


 一瞬状況が飲み込めず固まってしまったセナだったが、目を閉じて唇を重ねてくるイヴがどこか必死に見えて愛おしく思えてくる。

 やがて離れた白い少女の顔を見上げてきょとんとしていると、イヴは不満そうに目を細めて見下ろしてきた。


「……なんですか」


「いや、珍しいなと思って……。イヴの方からしてくるなんて」


 仰向けのセナの身体に跨るように座るイヴは、セナの上着を握ったまま離そうとはしない。

 まるでセナを逃がすまいとするように、自分から離れていかないよう押さえつけるように。


「だって私、怒ってますから」


「それって理由になるの?」


「怒ってるんです!!」


「わかった、アタシが悪かったって!」


 らしくないほどに感情を高ぶらせるイヴにどう接したらいいかわからず、謝ることしかできないセナ。

 しかしイヴの機嫌は直るどころかむしろエスカレートしているようにも思えた。


「だから、今日は私がリードします。セナさんは大人しくしていてください」


「え? それってどういう――」


 セナの問いは再びイヴのキスによって遮られてしまった。

 強引に押し付けられる小さくて柔らかな感触。

 しかしそれはどこかぎこちなくて、不快ではないがどこか物足りない。

 言われた通りじっとしているセナだったが、イヴは胸に抱えた嫉妬を乱雑に投げつけてきているだけであるように感じられた。


 やがてイヴの唇が離れると、彼女は額を合わせてセナの目を見つめてきた。

 真っ直ぐな赤い、紅い、赫い瞳。

 額を合わせた至近距離でその眼光に刺されると、頭の奥がぐるりと揺れて眩暈がする。

 しばらく無言で見つめ合った後で、イヴは目を閉じると再びセナにキスを迫った。



 さっきからキスばっかり……。



 何か変だ。

 イヴにこうしてもらえることが、彼女にここまで熱心に求められることが嬉しいはずなのに。

 それなのにどこか満たされない。

 本当に彼女と心が通い合っている気がしない。


 それは何故か――イヴの中にはまだ捨てきれていない、青く冷たい感情が残っているからではないだろうか。

 自分はこんなにもセナの温もりを求めているのに、セナが自分を同じように求めてくれているのか自信がないから、どこか迷いがあるのではないだろうか。



 だったらアタシにできることは一つだ。

 身も心もすべて曝け出して、彼女の熱を求めるだけ。



 もどかしさも限界を迎え、セナは自分の上に馬乗りになったイヴの肩を掴むと態勢をひっくり返した。

 突然逆転した視界にイヴが目を丸くして見上げてくる。

 そんな彼女にゆっくりと顔を寄せ、セナは熱を帯びた息と共にイヴに呼びかけた。


「……ごめんイヴ、もどかしすぎる。やっぱりアタシにやらせて」


「もう……やっぱりこうなるんですか……」


「ホントごめん……」


 この謝罪はルーカスへのヤキモチに対するものなのか、はたまたじっとしていてくれと言われたのを破ったからなのかはもうわからなくなってしまった。

 それでもセナには、イヴを心から求める思いを証明する手段がこれしかないのも事実だ。


「でも、いいですよ、セナさんなら」


 しかしイヴは微笑んで許してくれた。

 ようやく見たかった表情を覗かせてくれた。

 それだけで身体の熱が一気に増していくのがわかる。

 イヴを求める思いが彼女に伝わったのがわかる。

 このときのセナにとってはそれが何よりも嬉しく、感情が高ぶる材料としては十分すぎるくらいだった。


「その代わり、ちゃんと"私で"いっぱいになってくださいね……?」


 ぷつり。


 張り詰めた糸が千切れ、潤んだ瞳で見上げてくる少女を貪り食うようにセナは唇を落とした。

 ずっと焦らされているように感じていた分、より強く熱く感じる甘美な感覚が全身を襲う。


 目の前の少女に唇で、舌で、ひたすらに強く強く訴え続けた。

 セナも同じ気持ちであると。

 イヴを求めてここまで狂うことができるのだと。


 だからイヴも安心して思いを曝け出して欲しい。

 セナだけを求めて、らしくないほどめちゃくちゃに狂って欲しい。

 セナだけに向ける表情(かお)を、今ここで見せて欲しい。


 一旦顔を上げ、今度はイヴの首に歯を立てる。

 同時に右手をイヴの脚へと這わせていく。

 滑らかな感触の首に甘噛みするたびに、イヴは熱く湿った吐息を艶めかしく漏らす。

 膝丈のスカートの上から撫でる太ももがびくびくと動いているのが指先に伝わってくる。

 再び顔を上げてイヴを見ると、片手で顔の下半分を隠した彼女は恥ずかしそうに目を逸らした。


 その仕草でさらに高揚し、セナはイヴの耳へと顔を寄せる。

 そっと耳介に舌を当て、甘噛みする。

 イヴは耳が弱いことを既に知っているセナは、自分の熱をより強く感じてもらおうと、優しく、確実に、執拗に狙いを定め続ける。

 さらにセナは、イヴの脚に這わせた手を太ももの内側へと滑り込ませた。

 耳から雪崩れ込む熱情に肩が震え、脚から這い上がる快楽に腰が蠢く。

 脚に這わせた手をさらに上へと動かすと、全身を一度びくりと大きく震わせた少女は甘い声と吐息が我慢できなくなっている。

 セナの肩周りの上着を握り締めたイヴは、セナから浴びせられる慕情に飲まれ、まったく逆らえなくなっているように思えた。


「好き、です……セナ、さ……好きぃ……好き……ッ!」


「アタシも好き。イヴのことが好き……!」


 荒れに荒れた呼吸の中から声を絞り出すイヴ。

 同じように息を乱すセナも、彼女の耳元でその思いに応える。

 この感情に狂った二人に、遠回しな言葉も飾られた言い回しも必要ない。

 何の飾り気もない、ただシンプルな一言から伝わる思いだけで心が酔いしれ、思考が破綻し、理性が崩壊していく。

 この感覚に沈み込む瞬間に二人の心はどれほど魅せられ、熱く激しく燃え上がることだろうか。


「だから必ず守ってみせる。アタシが絶対にイヴを自由にするから。 だから、一緒に行こう……!」


 完全に自分を失う前に、セナは顔を上げてイヴの目を見据えながら覚悟を伝える。

 それを受け止めたイヴは真っ赤な顔でそっと微笑み返してきた。


 何の言葉も返してはこない。

 その代わりにイヴはセナの首筋に細腕を回すと、上半身を持ち上げて強引にキスを迫ってきたのだった。


 先のことなど今はいい。

 今はただ、二人だけでこうして求め合い、絡み合い、狂い合えればそれでいい。

 ベッドの上のシーツがいくら乱れようともそれを露も気にする素振りを見せず、二人は互いの衝動(ねつ)が収まるまでその身を重ね続けたのだった。



 *****



 ベッドの上で大の字。

 窓の外が暗くなってしばらく経った頃にようやく落ち着いた二人は、順にシャワーを浴びることにした。

 微かに耳に届く水音を聞きながら、セナは横になったままただ茫然と白い天井を眺めていた。


 小さく息をつき、茶でも入れようとベッドから立ち上がる。

 そのとき、セナのポケットから黒い小さなものが零れ落ちて足元に転がった。


「あ、これ……」


 指先で摘み上げたそれは、先程ルーカスから受け取ったメモリーカードだった。

 今までイヴと愛し合っていて、これの存在をすっかり忘れていた。



『なにがなんでも"それ"をイヴちゃんの前で開くなよ? 中を見るのは、絶対にお前一人のときにしろ』



 ルーカスの言葉が耳に蘇る。

 イヴは今シャワーを浴びていて、部屋にはセナ一人だけだ。


 見るなら間違いなく今が好機。

 ルーカスは一体何を突き止めたというのだろうか。

 セナはメモリーカードをスマートフォンに差し込むと、恐る恐る中身を確認してみた。


 それに記録されていたのは、無題の文書ファイルが一件だけ。

 シャワールームからまだ水音が聞こえることを確かめると、セナは画面を指でタップし、そのファイルを開いた。






「……え? 何、これ……?」

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