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三 送り狼と送り雀

 

 さっきまだ人間捨ててはいないと言ったが、今は無性に捨てたいかもしれない……


 ※※※


 つたがびっしりと絡まった石の門を抜けると、そこはきれいに舗装された山道だった。なだらかな道を蝶と共に歩く。


 何だ、どんなもんかと思ったら普通の道と変わらないな。


 そう思えたのは最初だけだった。後ろを振り向いてももう館が見えなくなった頃に異変は起こった。


 感じる、ものすごい見られているのを感じる。道の左右に広がる森の中から俺の方をじーっと見つめてく何者かの視線を感じるのだ。思わず立ち止まってしまうと、赤い蝶が先を急かすように俺の周囲をくるくると飛ぶ。


 見られて減るもんでもない、そう見られるくらい何だというんだ。


 去年の夏の幽霊特番でも変に気にするのは良くないと言っていた。その教えにならい気にするまいと再び進む。左右からこちらを追いかけてくるようにガサゴソと音が聞こえてくるが無視だ。

 狐さんが危険なことを俺に頼む訳がない。信じる、俺は狐さんを信じるぞ。


 --ほら、見てよ--

 --人間?--

 --人間だ--


 今度は甲高い声で楽しそうにキャッキャと話す声が聞こえてくる。ああ、館に迷い込んだ日を思い出すなと現実逃避に入ってみた。しかし、次に聞こえた声はさすがに無視することができなかった。


——食べられる?——

——食べられるかな?——

——え、でもまずそう。顔怖いもん——


 本当に安全なんだよな……?


 何だか今にも食べられそうな雰囲気をビシバシと感じる。本当に俺の身の安全は守られるのだろうかと不安になってきた。なにせ、今頼りになるのは目の前のこの小さな蝶だけなのだ……


 三人目だか、三匹目だかが失礼なことを言っているが構わない。どうかそのまま俺はまずいと主張しつづけてくれ、そして去ってくれとひたすら願う。とにかくそいつらを少しでも引き離そうと、普通の蝶よりも早く飛んでいる赤い蝶を抜かす勢いでさっさと歩き始めた。しかし、俺の願いも虚しく、謎の追跡者は俺の後をまだ追ってくる。ずっと横で食べる? 食べちゃお、でも……とという不穏な会話は続けながら。

 得体の知れない緊張でストレス値がマックスになった時、突然茂みの中からバッと二つの影が飛び出してきた。目の前を横切る陰に急いで立ち止まろうとするが、人間急には止まれない。バランスを崩し、左へと大きくよろめく。


「転ばないで!」


 俺の耳に可愛らしい甲高い声が響く。とっさにその声従い、すばやく近くの木に両手を伸ばした。


 何とか踏ん張れた……


 まるで猿の反省のポーズのようになってしまっているが、俺のささやかな運動神経ではこれが精一杯だ。ゆっくりと手と足を真っすぐに戻そうと下を向いていた頭を上げる。すると、視界の右端に赤い蝶と共に真っ黒な毛並みの動物が見えた。


 お、狼……


 ぎこちなくそちらを向けば、鋭い金色の目が睨みつけてくる。目が合うと、なんと大きな声で吠えてきた。驚きのあまり、足がずるっと横にすべる。


「あ!」


 さっきの可愛らしい声が叫ぶのが聞こえる。足がすべるのと同時に、俺を睨んでいた狼が飛び掛かって来た。とっさに目をつむる。


 こんなのがいるなんて聞いてないよ、狐さん!

 最後のあれは逝ってらっしゃいだったのか……


 身体を襲うであろう痛みに耐えようと力を入れその時を待つ。しかし、いつまでたっても俺の身体は地面に衝突しなければ、食べられもしなかった。何だか耳にペシペシと素早い音だけが入ってくる。


「バカ狼! 連れてこいって言われたのに何で喰らう気満々になってるの!」

「チチチチ鳴くだけのお前とは違って、転ばせたやつを喰らうのが俺の本能なんだからしょうがないだろ! こいつがとろいのが悪い!」


 今度は誰かが言い合っている。一体何が起きているんだ?


 薄っすらと目を開ける。先ずは自分がどうなっているのかを確認してみると、俺の身体は転びかけの斜めの状態で赤い光に包まれ浮いていた。赤い光は俺の目の前でふわふわ浮いている赤い蝶の羽から出ているようだ。真っ青な青空に赤が映えてとても綺麗だと思う。


 …………


 人間あまりに驚くと声も出ないが、思考も停止するようだ。妙に落ち着いた気持ちで体勢を人間としてあるべき姿に戻す。すると身体を取り巻いていた光は蝶の方へと集まりはじけるように消えてしまった。


 お前、すごかったんだな。さすが狐さんから生まれただけあるわ。


 心の中で呼びかけながら生ぬるい目で蝶を見る。そして、さっきから言い合いを続けている声の方へと目を向けた。そこには先ほどの黒い狼と、お腹部分だけががヨモギ色で茶色い大きな羽を持つ雀のような鳥がいた。

 どうやらあの可愛らしい声の主はこの雀のようだ。狼の方はその凶暴な見た目に反し、まだ声変わりもしていない少年のような声をしている。


 ギャーギャー騒がしい声を聞きながら昔読んだドリトル先生という話を思い出す。


 当時は俺も動物とお話したい!と近所の犬の元へ毎日のように通ったものだ。

 まさか、その夢がこんな形で実現するとは……


 俺が見つめていることに気がついたのだろう。一羽と一匹は言い合いをピタッと止めこちらを見てくる。雀の方はつぶらな黒い瞳で、非常に可愛らしい。一方、狼の方は今にも襲い掛かってきそうな唸り声をあげつつ金色の鋭い瞳で睨んでくる。非常に怖い。その迫力に一歩下がると、雀の方が羽ですばやく狼をぺしっとはたいた。


 さっきの音はこれか。俺の住む世界とここでは弱肉強食の序列が違うようだ。


 とたんに静かになった狼を見て思う。この動物のような見た目のあやかしは安全なのだろうかと蝶の方を見上げれば、さっきと変わらず静かに浮いている。さっき俺の危機を救ってくれたこの子が何の反応も示さないということは、おそらく危険は無いのだろう。だが、安心はできない。いざとなったらさっきみたいな活躍を期待しているぞと念を送っておく。


 そして、再度目の前の狼と雀へと向き合う。狼の方は静かになったとはいえ、相変わらずその眼光は鋭いが俺も人様のことは言えない。目つき悪いと苦労するよなとついシンパシーがわき見つめ合ってしまった。


「そんなに睨み合わないでください、怖いですよ!」


 チチチと鳴きながら雀が俺と狼の間に割り込み、注意してくる。睨んだつもりはないのだが……

 少し落ち込む。そんな俺の気持ちも知らず、ちょこんと狼の頭の上に着陸した雀と、大人しくなった狼が話しかけてきた。


「店長に言われてお迎えに来ました!」

「人間だけじゃ危ないってさ」

「でも、その蝶がいるなら心配いらなかったですね。さ、お客様ここからは私たちと一緒に行きましょう」

「遅れんなよ」


 一番危なかった奴に言われたくない。そう思うが、彼らは俺のことを迎えに来てくれたらしい。最初食べようとしていた気もするが……それは俺の代わりに怒ってくれた雀に免じて忘れよう。


 目的地までの残りの道は、賑やかなこの二匹も加えて行くこととなった。

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