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あやかし館の依頼人たち-異界の片隅でアルバイト-  作者: 睡蓮
夢境の館での仕事内容(桜桃)
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館の端の収取部屋で

 先ほどの依頼人から受け取ったカフスを落とさないように気をつけながら運ぶ。振り返ると、さっきまで依頼人のいた部屋の扉が見える。その扉には墨染桜が描かれたプレートが埋め込まれていた。

 その部屋だけではない。この館には多くの部屋がある。その扉一つひとつに異なるプレートが埋め込まれているのだ。二階は正面ホールから見て東棟と西塔に分かれているが、どの部屋も廊下から見ると同じようにしか見えない。このプレートが無かったら、どの部屋が何に使うのかを覚えるのがもっと遅くなっていただろう。


 真っすぐに廊下を進み正面ホールへ降りる両階段へと出た。ホールへとは降りずに、反対側の棟へと向かう。再び広い廊下を歩いてゆくと、その突き当りにある小さな赤い実と白い花のプレートが埋め込まれた部屋へついた。前に椿がユスラウメという植物だと教えてくれた。桜桃とか梅桃とも言うらしい。この館に来てから、植物の好きな椿の影響で大分俺も花について詳しくなった


 扉を開け、広い部屋の片隅にある戸棚にカフスをしまう。このままぽんっと棚に置くだけではなんだか可哀そうだ。後でこの場所にネックレスをかけられるようにしよう。

 新しい収集物の展示方法を考えながら部屋を見渡す。この部屋も来た頃に比べたらかなり綺麗になった。


 夢境の館で最初に入った部屋は本だらけだったが、この部屋には様々な物で溢れている。アクセサリーや古い万年筆、小さい置物もあれば運ぶのに本当に苦労した大きな家具もある。それらをきちんと整理整頓し、手入れをすることが迷子になった俺が彼らと交わした交換条件だ。簡単じゃないか! と思いすぐに取り掛かろうとしたものの、最初にこの部屋に通された時はそれを心底後悔した。


※※※


 初めてこの部屋に案内される前、館の他の部屋を先ず案内してもらった。どの部屋もきれいに片づけ整頓されている。なのに、それなのに……

 この部屋は床がわずかにしか見えないぐらい物が散乱していた。戸棚には埃が積もっており、空気を入れ替えようとカーテンを開いたら、カーテンから降り落ちてくる更なる埃に咳が止まらなくなった。


「もう何十年も誰も入っていないので……」


 部屋の入口では、扉に半分身を隠しながら椿が申し訳なさそうに言っている。


 せめて、空気の入れ替えだけでもしておいてくれ。

 そうは思うものの、彼らも好きでこうした訳じゃないのは部屋に来る途中に説明を受けているので、責めることなんてできない。特に椿は部屋がここまで荒れ果てていくのを見るのは辛かっただろうと同情すらわく。


「大丈夫です。何とかがんばります」


 すぐに掃除用具を借り、布で鼻と口を覆うと実家でもしたことのないような大掃除を始めたのだ。


 それから放課後など、時間がある時に来ては部屋の掃除を黙々と進めた。依頼人が訪れる時は、彼らがどこからか届ける手紙で日時を指定してくるのでそれに合わせて行動する。手紙は毎日来るわけではないので、他の日は俺の時間が空いた時にここへ来るようにしていた。大学に入学した後も、最初は時間がある時にちょくちょく来てはいたのだが……


「翠はとてもよく働いてくれていますね。最初に契約した時はここまでがんばってくれると思いませんでした」


 休憩時間に狐さんが出してくれる紅茶とお菓子は今まで食べたどの店のものよりも美味しい。幸せに浸っていると、狐さんに突然褒められた。仕事のできる人間に褒められるのは、他の人に褒められるより誇らしいものだ。


「嬉しいですががんばりすぎです。きちんと学生生活楽しんでいますか? 普通はアルバイトやサークルなどに行くものでしょう?」


 狐さんから紅茶のお代わりを受け取りながら椿が言う。彼女からアルバイトだサークルだの世俗的なことを聞くと何だか妙な感じがする。違和感がものすごい。まあ、それが普通なのかは知らないが、確かに周りの友人達は皆アルバイトやサークルに大忙しだ。


「ぼーっとしとるからなー、翠は。そういう波に乗り遅れたんちゃう?」


 さりげなく、俺のクッキーを取りながらチースが言う。失礼な奴だ。素早くクッキー泥棒の手をはたき自分のクッキーを守った。


「別に乗り遅れるも何も、ここに来るのが楽しいから来ているだけだよ」

「お前、絶対将来は仕事人間になるタイプやな……」


 そんな俺とチースの会話を聞いて、俺の大学生活がますます心配になったのだろう。椿と狐さんが何やらこそこそと相談している。そして、


「翠、あなたは最初に契約した分は十分に働いてくれました。だから、今日で契約終了しましょう」


 なんということだ。唐突に告げられた契約解除に動揺が隠せない。横でチースが「わぉ」とか言っているが相手できない。反論しようとすると、カップをテーブルに置き椿が掌をこちらに向けてきた。何も言うなということかと更なら絶望が襲って来る。しかしそれは違った。彼女の掌の前に一枚の紙が何も無い空間から現れる。そして、彼女は初めて契約を交わした時のようににっこりと微笑んで言った。


「うちでアルバイトをしませんか?」


 と。もちろんすぐに採用してもらった。

 時間は基本フリー、雇用主も優しい。こんなに恵まれた労働環境はめったに無いんじゃないだろうか。俺はこの不思議な館でのアルバイトを非常に気に入っている。


※※※


 他にも整理のために必要なものが無いか考えていると、かちゃりと扉の開く音が聞こえた。誰が来たかなんて明らかだ。この部屋に入ることができるのは俺ともう一人しかいないのだから。


「今回はカフスだったんですね」

「はい。懐かしい気配を感じたと思ったらこれだったんですね……」


 俺の横に立ち、椿はカフスを嬉しそうに見つめている。


「後できちんと飾っておきますね」

「いつもありがとうございます。翠を選んで本当に良かった」


 椿はカフスの飾ってある棚に手をかざす。このカフスに相当思い入れがあるのだろうか。でも、彼女がこれを触ることはできない。

 この部屋に飾ってあるものは全てかつて椿と縁があったものばかりだと言う。しかし、椿はそれらに触れることができないと言う。狐さんとチースに至ってはこの部屋に入ることすらできないそうだ。気分がとんでもなく悪くなってしまうらしい。


 椿はかつての自分の持ち物を集め続けている。持ち物がどう人から人へと移っていったのかは謎だが、ほとんどの物には新しい持ち主がいた。それらを譲り受けるためにはきちんとした手続きを踏まないといけないということが途中で分かった。最初はどう集めていいのか分からず苦労したらしい。


「手っ取り早く奪い取れれば良かったんやけどねー」


 とチースは笑っていたが、本当にそれができなくて良かった。物騒すぎる。


 しかし、無事に品物を受け取れても誰もその品物に触ることができないことが判明した。墨染の間に積みっぱなしにしていては依頼人が入れなくなってしまう。そこで、この収集部屋と墨染の間の丸テーブルを狐さんの力で繋げた。テーブルの上に品物を置いたら収集部屋へひとっ飛びという仕組みを造りあげたのだ。が、そこまでが限界だったみたいだ。彼女たちの不思議な力も万能ではないらしい。

 この部屋に飛ばされた収集品達は戸棚に収まるものもあれば、床に転がるものもあるという雑多な状態になってしまった。しかも、残念ながら床に転がる確率の方が高かったようだ……

 部屋を片付けたくとも、品物に触れることはおろか、部屋に入ることもできない彼らは徐々に埋もれてゆく床を前になすすべがなかったと言う。

 そのうち、あやかしではなく人間なら触れるのではないかと考えた。依頼人たちは品物を堂々と持って生活しているからだ。そこでタイミング良く館に迷い込んだ人間の俺に協力を求めてきた、というわけだ。部屋に入れるかどうかは直前まで謎だったようだが、俺は無事クリアした。


 あの時から本当によくここまで片付いたものだと改めて感じる。いつの間にか椿は違う棚へ移動していた。触ることはできなくても、こうやって見ることができるだけで嬉しいのだろう。この部屋に来るたび、椿は嬉しそうに一つひとつの品物を眺めている。

 その姿を見ると、俺のやる気はますます盛り上がるのだった。

ユスウラメ・桜桃・梅桃…郷愁

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