五 館のあやかし達
まるで絵画の中にでも迷い込んだのか。
この部屋にここまで似合う人もいないだろう。そう思うくらいどこか厳かな雰囲気がする部屋に三人は見事に調和していた。自分の存在が場違いな気がして、なんだから居心地が悪い。そう思っていると真ん中に座る少年が話しかけてきた。
「ようこそ夢境の館へ」
そいつは細めた目にいたずらっ子のような笑みを浮かべ、嫌味なほど長い足を組んでいる。服装は黄色のパーカにジーンズというラフな格好だ。光の加減では金色にも見える飴色の髪を後ろで軽く結び、髪と同じ色の瞳でこちらを見ている。左の目に泣きぼくろがあるのが特徴的だ。世の女性達が放ってはおかない顔立ちをしている。羨ましいやつだ。
それにしても夢境の館か……
夢境、夢の中の世界だなんてまさに今の俺にぴったりだ。俺は夢を見ているのかもしれない。
「言うとくけど、ちゃんと翠の目は覚めてんで。あ、忘れてるやろから自己紹介しとくわ。俺の名前はスタチス。チースって呼んでな」
「何で俺の名前……」
「あなたがここに来るのが二回目だからですよ。どうぞおかけください」
スタチスと名乗る少年の左後ろにいた男性が教えてくれる。おそらく声から判断するに俺より年上だ。推測しかできないが。なぜなら男性の顔上半分が狐のお面で隠されているからだ。そのお面から髪と同じ深い藍色の瞳が覗いている。服装はまるでどこかのお屋敷の執事みたいだ。あと分かることは長身ってことだけだ。
「二回目って…… さすがにこんな特徴ある場所来たら覚えてると思うんですけど、全く記憶にないです」
「来ていますよ。迷子になったあの日に」
「そうそう、めっちゃ泣きながらな。扉も今みたいにノックなんてしとらんで。扉が壊れるんじゃないかって勢いで飛び込んできたんやから。あんなにちっこかったのに、まあ大きくなっちゃって。感動やー」
泣きまねしながら言うな、絶対感動なんてしてないだろ。
スタチスと名乗った少年のわざとらしいその仕草に気が抜ける。それにしても、森での会話でもそう言っていたが、この人たちは俺が昔迷子になっていたことを知っている。
「あなたが開いたその扉」
今度は右後ろにいる女性が口を開いた。女性……それとも少女と言うべきなのだろうか。
佇まいはまるで洗練された大人の女性のようだが、その顔立ちはまだ少女と言えるような気もする。黒く長い髪を片側に流したその人は、俺にとって直視することが恥ずかしく思えるぐらいの美人だ。
目を合わせられないのは、相手が美人すぎるからだ。
そう、決して俺が中・高と男子校生活を送っていたからではない。
膝まである白いワンピースに、絨毯と同じ緋色の肩掛けを羽織るその姿はザ・お嬢様だ。扉を指で示す動作さえ気品を感じる。
「その扉は願い事がある人の前に現れます。もう一つ条件がありますが…… 以前あなたは迷子になった時にその扉を開けたんですよ」
チースが迷子という単語でにやにやとこちらを見てくる。
「翠は元の世界に戻った時、ここに関することは全部忘れるよう契約したからな。覚えてないのもしゃあないわ」
目の前で交わされる会話を聞きながら、必死に思い出そうとするがこの館に関する記憶はどこを探しても見つからない。しかし、彼らは以前俺を迷子から救ってくれたらしい。もしかして今回もそうなのか? 期待を込めて質問をする。
「もしかして今回も助けてくれるんですか?」
「んー、そうなるんかな?」
その回答でこの三人の後ろに後光が差すのが見えそうになる。神様、仏様、怪しい三人組様だ。
「でも、願い事を叶えるのは一人一回きりなんです」
彼女の残酷な言葉で光が急速に消え去る。まるで特売品のような言い方だ。
今日の俺の気分は神社に来てから、ジェットコースターのごとく上下に揺さぶられる。もちろん今が最低位置。
「でも、今私とても困っていて…… 交換条件というはどうでしょう? あなたを元の場所に戻すので、私の頼みを聞いてくれませんか?」
「ちなみに、いいえと答えた場合にはあなたは迷子に戻ります」
にっこりと素敵な笑顔で彼女は言う。すぐ後に狐面の男が続けて言う。
元に戻るか迷子に戻るか…… そんなの「はい」と答えるしかないだろ。それしか戻る方法がないと言われて断ることなんてできない。こちらを見つめる三人をもう一度見る。そして覚悟を決めた。
「これからよろしくお願いします」
きっとこれから俺は透の面白いことなんて可愛く思えるような未知の出来事に関わってゆくのだろう。嬉しそうに微笑む三人を見て、そんなほぼ確信に近い予感を感じた。
そして、その予感はすぐに的中することになる。この日から始まったあやかし達の住む夢境の館でのアルバイト。そこで、俺は様々な世界から訪れる依頼人の願い聞くことになる。
スターチス…変わらぬ心
次からやってくる依頼人の話です。