二 墨染桜の誘い
高校生活もあと僅か。残り二ヶ月で中学、高校と六年間過ごしてきたこの男子校生活ともさよならだ。
俺のいるクラスの生徒は私立に入学するやつらがほとんどだ。そのため、以前は集まると決まって受験の話をしていたが今は春休みの予定ばかり立てている。今日もよく一緒にいる四人で学食に集まり、日帰り旅行について話し合っていた。何度も話を脱線させながら計画を練ってゆく。
この高校は街の中心部から少し離れている場所に位置している。生徒の通学手段はスクールバスとチャリ・徒歩に分かれている。俺と中学の頃から仲が良い透は徒歩組。残り二人はスクールバス組だ。冬になり日が短くなってくると、スクールバスの最終便の時間がかなり早くなる。そのせいで、まだ話の途中だったがバス組の二人は急いで帰ってしまった。
「そろそろ俺らも帰るか」
二人ではこれ以上話も進められないだろと思い透に聞く。しかし、透は座ったまま動かない。それどころか顎をくいっと俺の方へ向けてきた。
「まぁ、座れよ」
「は?」
「目こわっ。翠ちゃんは短気だな」
「ちゃんって言うな」
この名前のせいで何度も女に間違われたことを知っているくせに、こいつは同じネタでからかってくる。イラっとしたせいで、普通にしていても悪いと言われる目付きが益々悪くなっているのを自分でも感じる。
「ほんと、ごめんって! 喧嘩するつもりじゃなくて。高校生活最後の思い出作りについて話したいんだよ」
俺が本気でイラついているのが分かったのか、急いで謝ってくる。悪いと思うなら言わないでほしいが、こいつにそれを言ってもムダだろう。思ったことすぐに言ってしまうのだから。それにしても……
「高校生活最後の思い出作り? 皆で出かける予定ならもうあるだろ?」
突然の友人の提案に何を今更? と思わずにはいられない。そんな俺を透は再度目で座るように促してくる。
「それとは別にだ! 面白いこと思いついたんだよ!」
俺が席に座るのを確認した途端、鞄の中から何かを取り出そうとしながら大きな声で話し始める。興奮状態の友人とは反対に、俺の中で嫌な予感が静かに広がってゆく。
こいつの面白いなんてロクなもんじゃ無い、絶対に。
“面白い”ことのせいで何度面倒なことになったか。
こいつの頭には学習するということがないのか。いや、でも成績はいいんだよな。
そんなこと考えていると、思わず遠い目をしていたらしい。透が眉を寄せながら詰め寄ってきた。
「おい、翠! 聞いてんのか?」
「聞いてるよ。で、何するつもりなんだよ」
すると、よくぞ聞いてくれた! っと言わんばかりに胸を張り、鞄の中から一枚の紙を取り出しばんっと机の上に出した。先ほどから探し続けた物をやっと見つけられたらしい。机の上に置かれた紙の文字を口に出す。
「墨染神社、夜間特別拝観?」
墨染神社はこの街に古くからある神社で、御神体の樹齢何百年とか言われている大きな桜の木が有名だ。墨染桜と言われるその木に、淡い灰色に薄紅が混ざった小さな花が満開に咲くその姿には誰もが圧巻される。そして、桜だけではなく毎年桜の季節に行われる祭りも有名だ。墨染神社の春祭りはこの街一番の行事となっている。
この神社は街の端、かつ山奥に位置している。そ幼い子供が一人で行けるような場所じゃないのだ。けれど、中学生ぐらいになるとこの街の子供は誰しも一度はこの神社に冒険しに行くようになる。この神社に伝わる昔からの言い伝えに誘われて。
「え、お前こういうの興味あったか?」
自分の知る透と言う男は、普段行くのはスポーツセンターやらプール等でとても寺社仏閣に行くやつではない。祭りの時は別として。だからそんな彼からこのチラシが出されたことに動揺が隠せない。
「そもそも、あの神社が夜間参拝なんてしてたのか……」
透の持ってきたチラシをまじまじと見つめながら、かつての冒険場所の新たな一面に驚いていた。この街やその周囲の街は歴史が古く、歴史的な建造物が多い。そんな建物を巡るのが好きな俺だが、墨染神社が祭りの日以外にも夜に行けるなんて初めて知った。
「いや、これかなり久しぶりに行われるんだってよ。一応昔から行われてはいたみたいだぜ?
ただ、行われるかどうかは前の年の祭りの時に神主さんがご神託っていうんだっけ? それで決めるみたいでさ。それがなんと! 今年はやるってなったみたいなんだよ! これは行くしかないだろ?」
透は握りこぶしを作り、燃えに燃えて語り出した。相変わらず暑いやつだ。
「ちなみに、最後に夜間拝観が行われたのはなんと十八年前。実施するって一般に知らされたのは新年祭の時だし、俺ら受験でそれどころじゃなかったから知らないのも当然だな」
「なるほどなー、それは知らないはずだ。」
十八年ぶりに行われるなんて、かなり心惹かれるものがある。が……
「で?」
相手は透だ。油断してはならないと俺の第六感が警報を鳴らしている。
「で? って何だよ」
「お前にとって、夜間拝観だけが面白いことなんて俺には思えない」
そう言うと、透はフッフッフッと気持ち悪い笑い声をあげた。
「さすが心の友。大学行ったら俺もお前も今までみたいに頻繁に街で会ったりできないだろ。だからこれは最後のチャンスだと思うんだよ」
「何の?」
正直、透からこのチラシを見せられた時に予感はあった。
墨染神社。ここはこの街の人間にとって特別な場所だ。好奇心溢れる子供にとっては特に。
なぜなら…
「墨染桜の言い伝えを確かめに行こうぜ!」
中学のあの春の日、俺に言ったことと全く同じことを透は言うのだった。