一 お客様のお呼び出し
「なあ」
「ん? なんだ」
昼休みの食堂、大盛りのカレーを食べる透に話しかけた。周囲では学生達による席の争奪戦が繰り広げられている。
「それがこの前買いに来てた墨染神社のお守りか?」
「ああ、早速付けてみたみたんだよ! 毎日願掛けしてるし、これで俺の願いの成就は約束されたようなもんだな」
透はスプーンを置くと、得意げな顔でスマホを掲げてきた。
スマホの端から赤い紐が伸びている。その先にあるのは四センチぐらいの長方形の木でできたお守りだ。真ん中には透明の丸いガラス玉が埋め込まれている。ガラス玉の中には桜の花びらが一枚埋め込まれている。おそらく墨染桜のだろう。
お守りそのものはいいと思う。だが、ちらちらとスタチスの顔が浮かんでくるのがなんだか気に食わない。それに……
「ものすごく合わないな」
「は?」
「お前の服装とか持ち物の中で異彩を放ちすぎだろ」
正直な感想を述べる。すると透は憐れむような視線を向けてきた。
「翠は分かってないな……」
「何をだよ」
「こういうギャップがうけるんだよ。この前の飲み会でも、あ、それ知ってるーって言われて気になってる子と仲良くなったしな」
「相変わらずだな透は。お守り買ったのは願い事のためじゃなくて、そのためか」
「違う、どっちもだ!」
こうも堂々と返されると、もはや何も言えない。爽やかに宣言し終えると、透は残り僅かとなったカレーを再び食べ始めた。対して、俺の本日の定食は半分以上残っている。
次の講義室は食堂から遠い。その上、その講義をする教授はとても時間に厳格で、遅刻など決して許してはくれない。透の食べるスピードに負けまいと、俺も箸を持ち上げた。
※※※
夢境の館への扉を開くと、墨染の間には誰もいなかった。今日は依頼人が来ないからだろう。がらんとした墨染めの間を抜け、真っすぐに収集部屋、ユスウラメの間へと向かう。いつもなら誰かいないか確認するために一階へ行く。けれど、今日は肩に食い込んでいるこの重すぎるトートバックを先にユスウラメの間に置いておきたい。
選べないからって欲張り過ぎた……
大学から夢境の館までよくもったと思う、俺もトートバックも。墨染神社の石段で何度くじけそうになったことか。次からはよく考えようと決意し、ユスウラメの間の扉を開く。すると、そこには椿がいた。淡い黄色のワンピースの上に彼女の長い黒髪が広がっている。この部屋にたくさんある棚の一つ、その前に彼女はこちらに背を向け立っていた。
扉を開けた途端、限界を迎えた俺の腕から力が抜ける。手から滑ったトートバックがごんと鈍い音をたて床に落ちた。その音に椿の背中が少し揺れる。そして彼女はゆっくりとこちらを振り返った。手には真っ白なハンカチを持っている。椿はにこりと俺に向かって微笑んだ後、床に転がっているトートバックへと視線をずらした。
「あら、翠こんにちは。ずいぶんと重そうな荷物をお持ちですね」
「ああ。ちょっと考え無しに借りてきちゃって」
「借りて?」
首を傾げてこちらを見る椿の方にバックの口を開いて見せた。中にはぎっしりと本が詰まっている。
「本、だったんですね」
「この部屋けっこう片付いてきただろ? 床から物はほとんど無くなったしさ。で、最近こまごまとした物が増えてきたから、戸棚の方も本格的に手を出していこうと思ってさ。でも俺センスないから整理整頓の手引書とか、有名な洋館の写真集参考に持ってきたんだ」
「まあ、そこまでしていただいて……」
椿は目を軽く見開き、バックのなかにぎゅうぎゅうに押し込められた本を見ている。中を見ようと少し右に彼女が動くと、その背中に隠されていた棚が見えた。棚の上には赤い花のような物が置かれている。
「椿それ……」
椿は俺の言葉に答えず、赤い花の方を見た。それは間違いなく前回この部屋に来た時は置いてなかった。その正体を確かめるべく、トートバックを抱え直して椿の方へと近づく。近づいて見てみれば、それは椿が時々髪にさしていた椿の花の簪だった。小さな赤い椿が一輪ついているだけのシンプルなデザインが、彼女の黒髪に良く似合っていた。それが今は棚の上に置いてある。
「ここに置くのか?」
「はい」
そう言うと、椿はこの部屋で唯一彼女が触れることのできる、自分と同じ名前の花が付いた簪をハンカチで包むように持ち上げた。簪を見る椿の目には、今まで他の収集品に向けていたよりも強く何かを懐かしむような色が浮かんでいた。
「それ、大切な物だろ?」
「とても」
「自分の部屋じゃなくいいのか?」
「とても大切だからこの部屋で守っておきたいんです」
「守る?」
「この簪も、思い出も」
そのまま椿は数秒の間静かに目を閉じていた。横から見る彼女の長い睫毛は微かに震えている。ゆっくりと目を開くと、椿は簪を元の場所に戻した。
白いハンカチを両手で握りしめながら俺を見た椿の顔には、出会った頃よく見せていた、何を思っているのか読み取らせない微笑みが浮かんでいた。
「翠ならこの子を安心して託せます」
「……なんだか嫁に出すみたいな言い方だな」
ポロリとそんなことを言ってしまう。すると、椿は小さくえ? と呟いた後、そうですねと目を細めた。そうして、二人で赤い椿の簪を見つめた。
……チースの大声が聞こえるまで。
声の方を振り向けば、開けっ放しにされていた扉の遥か先。チースが手を口元に当て、怒鳴るように叫んでいる。あの距離がチースがこの部屋に近づける限界なのだろう。一体なんだと椿と顔を見合わせ、椿が動くより先に扉へと小走りをする。すると、やっとチースが何を叫んでいたのかが判明した。
「何回叫ばせるんや! 翠に客やで!!」




