1 悪報
「お帰りなさい。紅葉ちゃん、塊君、氷室ちゃん」
いやに色っぽい、チャイナドレスを着た女性が私達に挨拶して来た。滑らかな生足が眩しい。
チャイナドレスと言うのはスタイルが決め手となる、ふっくらとした胸部、締まったウエスト、長い脚、此処まで着こなせる人はそういない。しかしこの古ぼけ、何故か脂臭い事務所の中では非常に浮いて見える。横浜の中華街で働いていれば男の一人や二人、容易く声を掛けて来るであろうに。
「ただいまです」
「ただいま~」
「ただいまです……」
塊と氷室は汚れたソファに腰を下ろす。氷室は淑やかに両手を重ねて膝の上に置き、塊は社長座りする。彼女とは対照的に遠慮も減ったくれもありはしない。二人のソファの後ろには長方形のケースがあった。
疲れた……。私は私で、さっきまで座っていたパイプ椅子にどかりと腰を下ろし、大きく伸びをする。全身の筋肉が弛緩したところで後ろに反り返り、冷めた眼で痛烈に一言。
「何か用? 筋金入りのドMさん?」
「やだ、紅葉ちゃん!! まだまだ全っ然手緩いわっ」
とか言いながらも口角が上がり、へにゃりとした顔になる。心底嬉しそうなんですが。しかし言葉はあながち嘘では無く、もっと罵って欲しいという気持ちから来るものであろう。
「そう? じゃあ」
一息いれ、見下した目を作る。今だけはサドキャラになってやろう……。
「貴女みたいな地を這う醜い豚が私なんかに話かけないでくれる? 気持ち悪過ぎて反吐が出るから」
顔を真っ赤にしながら喜んでいる。うん、閏日さんは今日も筋金入りのドMである。
内心を見透かすと『もっと言って!!』と言った所だが、もう面倒……。
「塊、パス。疲れたし、面倒」
「んっ? 俺はサディストじゃないよ?」
サービス精神の欠片も無い奴だ。まぁ気が向いたら幾らでも言ってやる事だろう。
「私の趣味はこれくらいにして、紅葉ちゃんの手当てをしないと」
そう言ってゴム手袋を嵌める。閏日さんが手当てをする時に手袋を嵌めるのには二つの訳がある。
一つは感染症の予防。血は素手で触る物じゃない。死体に傷つけられたという事もあり、触る気が無くとも予防は大切だ。
二つ目は私が人に直で触られるのが嫌いだから。暫くは情緒不安定になる。と言うよりも人の体温が嫌いなのだ。あの、何とも言えない生温い感覚が“現在”私はとても苦手だった。
更に言えば手袋する理由は“後者”にあったりする。
「閏日、紅葉、塊、氷室、話は聞ける……よね?」
所長だった。茶色の髪に銀縁の眼鏡、黒スーツを着た姿は有能な弁護士に見える。
本名は……知らない。皆に教えている名前は仮名であり、本名ではない。けれど“ブッシュ・ド・ノエル”という、知らない者はいない有名なカフェの店長である。あくまで“表面上”だけだが、私は其処のアルバイトとして、塊は正社員として働いる。つまり彼は私達にとって、二重の意味での雇い主であった。
所長は事務机に両肘を付き、指を組む。理知的な瞳で僅かに口角を上げた。
「紅葉と塊には声を掛けたんだけど、閏日と氷室はまだだよね?」
黙って頷く二人。
「まぁ、話って言うのは最近死体の数が著しく増加しているって事。さっき纏めて始末したけど五、六体が同じ場所に集結しているのはかなり珍しい」
苦労したよ。と背もたれに背中を預け、ぼやく。
私に言わせると『苦労なんかしてない癖に』と思う。接近戦の私と塊、閏日さんに比べれば遥かに楽な始末の方法だ。
“死体狩り”と一口に言っても戦闘方法から役割に至るまでさまざまである。完全な接近戦を担当する私と閏日さんはこれからより過酷になるだろう。
あぁ、面倒臭い……。
「死なないでくれよ? 只でさえ人数が少ないのだから」
所長がまた指を組んで、口元に近付ける。急激な冷えではなく、徐々に気温を下げられる気分。最後には静かに緊迫した。