1 曼珠沙華
「ねぇ、硝吸鎌」
会いに来たというのに彼はとても眠そうだった。ソファに寝転んで、微睡むようにしながら私の話を聞き流す。いっそこのまま帰ってしまおうか。
「んっ…………」
その思いが通じたのか、のろのろと這い上がる。海老反りのまま私の顔を凝視すると、袖を引っ張り始める。どうやら接吻を御所望らしい。これだけ見ているとただの気怠い猫のようだ。
私は彼が望むように唇を重ねてやると、満足そうに髪を撫でてきた。垂れ下がった黒髪を耳に掛ける動作までしてくる。漸く聞く気になったらしい。
「皆が私のことを“曼珠沙華”って言うんだけど」
「当たり前だ。汝は“赤い”。見た目ではなく雰囲気が“赤い”」
私の唇から同じものを少しだけ放し、至近距離で答える。その黒々とした目には底知れぬ闇があった。
皆、口を揃えて言うのだ。“赤い”と。赤い部分などリボンくらいしか無いというのに。
ぼんやりとしているともう一度唇を重ねてきた。頬を包むように添えられた手がいつの間にか喉元へと移動していた。冷たい感触が皮膚から流れ込んでくる。
暫くそうやっていると満足したのか姿勢を元に戻し始めた。
「あんた、キスするの好きだよね?」
「まぁ、唐紅限定で」
突っ立ったままの私を差し置いて、一人ソファに戻る。来た時のように寝そべって、腹這いの状態で此方を見つめる。顔には薄笑いが広がっていた。
そう言えば最近は硝吸鎌のキスを受け入れるようになったなぁ……。昔は『恋人でもないのに……』と若干の疑問が沸いたものだが、今は慣れてしまったらしい。……いや、只の執着心と割り切るようになったからか。
……どうやら私の脳内では非常に困った事に、只単純な接触と考えてしまっているらしい。人に触れられる事をあれほどまでに拒絶するのに、体温を感じないと言うだけで変な話である。
「変な話だね…………」
「そうか?」
“触れられることを拒むのに、体温を感じないだけでキスを受け入れる”と言う解釈を硝級鎌は勝手に読み取った。
上機嫌に笑いながら、体制を整える。ソファの肘掛けに文字通り肘を置きながら、彼は上目遣いに私を見る。
「ふふふ、本当に欲しくなるよ“カラクレナイ”」




