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そんな事は……御免だ!!
無防備な氷室に対象が移った所で、私は十時の柄で思い切り奴の体を凪ぐ。くの字に曲がり、遠方に飛んだ所で次の攻撃に。バランスを崩し、鈍い動きで立ち上がろうとするが、私がこんな好機を見逃すわけがない!!
ビスク化した腕から迸る血を無視し、大地を蹴り上げ、柄の長い方で腹を突く。溢れでた紅が私の頬を染める。
あぁ、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
だがそんな事で抵抗を止める筈もなく、私の腿に爪を立て切り裂く。
「ぐっ……」
「先輩、すみません……。あともう少しです」
氷室は棺を雁字搦めに縛る鎖を開くのに躍起となっている。
まずはこの両腕を何とかせねば。本意では無いが力を使おう。
途端に力が抜ける。十字が私の活力、生気を奪い、美しい鎌を作り出す。ステンドグラスにも似たそれは光を通して乱反射した。
その美しい“大鎌”で、右腕を奪い去ろうとした時だった。背筋に一瞬の悪寒が走る。腐敗した肉を切断する感触。そしてその何とも言えぬ、ぐちゅりとした不快感。其れが私の判断を鈍らせた。
――ぶちぃっ!!――
ゾンビの指が私の脚を抉り、肉と肉を引き裂いていた。血が噴水のように噴き出し、足のビスク化が進行する。
ああああああああああああああああああああああ!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
尋常ではない激痛が神経を通じて脳へ。バランスのみならず、理性までもが崩れ始める。
それでも舌を噛み切る勢いで歯の間に挟み、別の痛みで理性を総動員させる。そしてそのなけなしの理性で、脚を傷付けた右腕を奪い去る。
不快な感触が金属部分の柄から伝わってきた。幾ら殺しても慣れる事は無い。
もう一発。また一瞬の不快感が脳裏を掠めたが、無理矢理溝に捨てて次は左腕を切断した。
「氷室……鎖は解けた……?」
よろめく体は崩れそうな片足と、死体に向かって押し付けた十字の柄で何とか倒れずにいる状態だ。何時倒れてもおかしくはない。これ以上は……限界だった。
「はい。先輩、離れて下さい」
氷室の意思の強い声を聞いた瞬間、左側に向かって勢いよく体制を傾ける。そのまま転がるようにして奴と距離をとる。
氷室のもつ漆黒の“棺”が彼女の手によって開け放たれる。中から飛び出して来たのは銀の糸。一本一本が精密に死体に絡みつき、自身の中に引きずり込む。抵抗すれするほど糸が増して、逃げ場を失わせる。
黒の棺は死体を丸々一人飲み込むと重々しい扉を閉ざした。




