1 生き様
「……只今」
帰って来るなり私は玄関に崩れ落ちる。力が抜けてそのままフローリングに体を投げ出す。私は……後何回この家に帰って来られるだろう……。
そんなネガティヴな事を考えていたら、塊の指先が私の頭部に触れていた。面倒だが肩を無理に動かし、仰向けになると塊の表情が殊更よく見える。
「大丈夫? なんなら肩貸すよ?」
「平気……」
私は腕を立て、両足が地面に着いた所で起き上がる。体を壁に凭れさて塊ともう一度目を合わせる。
彼は一度にこやかに微笑むと私の体をすっぽりと抱き込んだ。体温が無い為不快には思わないが、其れを露骨に示されているようで不愉快だ。
……私が悪いのだけれど……。
塊は頭に頬を擦り寄せ、首どうしを密着させる。
「今日もお疲れ様です」
「今日も演技ご苦労様です」
「演技じゃないでーす」
胴体に巻き付いていた腕を解き、悪びれの無い笑顔で舌を出す。
こんなこと無理してしないで欲しい。虚空の反応を示し、罪悪感の海へと突き落とて欲しい……。そうでもしなければ、私は……自分を許せない……。
「塊……」
「紅葉ちゃんは面倒臭がりなのに責任感は強いよね~。丸投げしちゃえば良いのに。何時もみたいに“面倒臭い”って」
淀んだ双眸に写るのは、塊の秋晴れのような笑顔だった。前に比べて更に上手くなった気がする。まぁ下手になるよりかは良いのだろうが。
「ほら、玄関にいたって仕方ないからリビングに行こ」
私の手を引き歩き出す。踏み出す度にサラサラした髪が微かに揺れ動き、形を変える。
今、彼は家に居ながらにして黒スーツをかっちりと着こなしているのだが、見ているとなかなかの違和感がある……。
扉の前まで来た所で塊はいきなり行動に出た。くるりと振り返ると、そのまま頭を軽く叩いた。
唖然とする私を差し置いて塊は春風の笑みを浮かべる。
「岩悪でね。岩波先生が無月ちゃんにこうしていたから、紅葉ちゃんにもやってみようかと」
「はぁ………」
人の感情や感覚に疎い塊はドラマや漫画、小説からそう言った“人間的感情”を読み取る。偶に意味を取り違えて素っ頓狂な事をするが、その際には私があからさまに嫌そうな顔をする為直ぐに止めてくれる。
大概疑問符を浮かべ、首を傾ける事が多いけれど……。
「無理……しないでね」
「無理なんかしないし、出来ないよ。なんでそんな事言うの?」
「面倒臭いから。塊が無理して、私が勝手に心配したくないから。……ごめん……我が儘だ……」
本当に全てが嫌になる。呼吸をしたくない。世界を見たくない。眼前の“彼”に罪の意識を感じたくはない。私が此処に存在するには余りにもその気力がない。
今、安楽死が出来ると言うならば、私は喜んでそうするだろう。あぁしかし、日本におい安楽死は禁止されているのだったか……。
塊は澱んだ目を見て手の甲を頬に滑らせる。ひやりとした感触が妙に心地良い。
「我が儘……ね……。じゃあ俺の我が儘も聞いてくれる?」
黙って顎を引く。無理難題かも知れないが、聞く事なら出来る。
塊の形の良い唇が動くのを目で追って、耳を澄ます。毒の言葉を甘受する。
「俺の為だけに生きて、俺の為だけに死んで。言うなれば……そうだな……奴隷になって」
そんな事、今更じゃないかと思う。
私の存在意義は“塊”にある。学校でも、仲間でも、身内でも、ましてや死体狩りの仕事でもない。他ならぬ、眼前の“彼”にだけだ。




