7
所長の瞳孔が珍しく拡大し、顎のラインを撫でる。とうとう頁からも目を離し、何かを思案し始める。
所長が動揺したような態度は久しぶりに見る。何の訓練を積んだか知らないが、彼の行動は読みにくい。元々“そういう物だ”と言ってしまえば其れまでだが。
「紅葉、それバトルファンタジー物の主人公の事言ってない?」
「違います。“現実で”です」
硝吸鎌を抱えているのも疲れてきたためケースに戻す。妙な感覚を覚え、触れてみたら何のことは無い。普通の冷ややかな感触。
閉じた後にロッカーに戻し、そっと扉を閉める。少しだけ、ほんの少しだけ、気力が落ちる。普段から気力が無いため、大差はない。
気に入りのパイプ椅子に腰掛けて、所長の方へ首を向ける。
「……つまり私がバトルファンタジー物の主人公に似ている、と? 実際似たようなものですけど」
「似ては……いない……かな。例えばさ、事務所の人間を犠牲にして、世界を救えるなら紅葉はそうする?」
双眸が私に問いかける。現実を受け入れ、それに従おうとする強い意志のこもった目。この目は正直、嫌いじゃない。
綺麗事を立て続けに並べ立てても、現実に叶う筈が無い。もしもこれが“物語”であるならば、綺麗事が通用し、全てがハッピーエンド。主人公は優しく、活気があり、仲間を救うために奮闘するだろう。
しかし現実は綺麗事が通用しない。私のように自堕落で、自分勝手。これがリアル。
「しますよ? 例え恨まれようが、後悔しようが、私は犠牲にします。そして仲間の妬みを背負って生き続けます」
「うん。やっぱり似てない。そして皆も紅葉と同じ決断を下すだろう」
私達は物語の主人公にはなれないんだ。
自嘲気味にそう言って、睫毛を伏せ、小さく笑った。
“皆”というのは言うまでもなく、死体狩りの面子だ。其処に例外はない。




