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振り払おうにも力が強い。硝吸鎌が『邪魔するな』と目で訴えてくる。私は腕で、硝吸鎌は目で地味な攻防を繰り広げている訳だが、急に終止符が打たれた。
硝吸鎌が私の手首を解放し、変わりに何時ものように両手で顎を固定される。
黙って目を瞑り、私の唇に同じものを押し付た。氷と同等の冷たい感触が私の熱を奪っていく。
あぁ、だから嫌なんだ。閏日さんがいないと皆が等しく気遣ってくれる。怪我を治せる人がいないから皆が皆、私の傷を癒やしてくれる。それはいい。普通に有り難い。でも。
「うっ……」
食いしばっていた歯をこじ開け、口内に溜め込んだ唾液を私の体内に無理矢理流し込む。こっくりと喉が動き、食道を通って彼の唾液が巡り出す。巡って、巡って、巡って、傷を負った箇所、彼以外に触れられた箇所がほんのりと熱を帯びる。
一度唇を離し、脈打つ首筋に鼻を押し付け、私の体をすっぽりと自身の腕に抱き込む。
「あんたの唾液は良薬だって知ってるよ? でもさ、完治した後にやる必要は無いと思う」
噛まれた掌を観察すると傷口は消えていた。本当は吸い付いた時に治っている筈だったが、悪趣味なことに傷口を舐めず、滴った血だけを啜っていたようだ。
「五月蝿い」
「五月蝿くない」
冷戦。だった。まぁ、何時もの事だから気にしない。
硝吸鎌は苛立ちと羨望、嫉妬のような複雑な目をして傷跡を眺めていた。
「……汝は何時もそうじゃないか……」
「はっ?」
そう吐き捨てると元の風景が戻ってきた。所長が喰えない笑みを浮かべ、『どうだった?』と問いかけてくる。
どうもしない。するわけが無い。むしろこれで何かあったら本当に驚くべきことだ。
「何を期待しているか知りませんけど、眷属は苛めてません。多分……」
「多分ねぇ……」
疑心に満ちた双眸が私を捕ら、離さない。だがすぐに笑顔に戻り、宥めにかかる。
「そう怒らないで。吸血鬼三姉妹の腕があらぬ方向に曲がっていたから、そうじゃないかなぁ~。と思って」
「……………」
口元はつり上がったままだが、鋭利な刃物を宿した目は全くもって面白がっていない。何よりも周りに発される絶対零度のオーラがそれを物語る。
普段穏やかそうな人ほど怒らせると怖いと言うが、強ち間違ってはいないと思う。塊しかり、所長しかり、シスターしかり。
「昔はあぁじゃなかった」
「はっ?」
「何でもないよ」
少しづつだが周りの空気が柔らかくなってきた。ただのお遊びに過ぎなかったようだ。
所長は滅籍の頁を指先で捲りながら、目線すら合わせず私に問いかける。
「紅葉ってさ、“鈍感”って言われない?」
「いえ? 一度も。と言うか『彼奴等付き合いそうだなー』っと思った奴ほどくっ付きますますよ?」




