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黙って緑の眼が私を見据える。
「なぁに? シスター」
「いえ……。何でもありませんわ……」
それだけ言うと姿を眩ませてしまった。
現実に引き戻されると、所長が穏やかに笑っていた。私の手からシスターを取り戻すと溜め息を一つつく。
「何なんですか。本当に……」
「いや? 昼間だけど……仕事だよ」
「はい……」
鋭利な眼光が胸を刺し、私はそれを掻き消すように硝吸鎌をケース放り込む。
ケースを背負い、扉の前で手招きする彼の跡を追う。階段を下りようとした所で鼻がひん曲がるような、何とも言えない腐敗臭がした。眉をしかめて前方を見ると、見たくもない光景が目に入る。
心臓を貫かれ、血を流した死体。手足を切断された死体。首から上が無いものまでいる。
「所長……、一気に来すぎやしません?」
「最近増えてるって言ったでしょ」
今まではせいぜい昼間に出るか出ないかだったのに、明らかに数が増えてる。
「さて、狩場への入り口を開きますかい」
途端に生の息吹が失せる。何も聞こえない。ざわめく烏共も、子供の笑い声も消えた。
私と所長以外誰も居なくなったこの世界で、彼は黙って滅籍を広げる。
最近組んで居なくて忘れてしまったが、滅籍の能力は“創想”だった……はず。周りの建築物を破壊し、自身に有利な場を創り上げ、相手を滅する。確か創られる建造物によって効果が変わり、使っ者の体力に影響及ぼす気が……。
「紅葉、独りで三体相手するのキツい?」
「当たり前です!!」
接近戦の担当だからって全てを丸投げしないでよ。つか部下を気遣ってよ。
歯軋りをし、怪物共を威嚇する。しかしそんな事はお構いなしに白い腕が次々と伸びて来る。
「じゃっ、城か教会か」
そう言うと開かれた頁がうっすらと輝き出した。
「滅籍、『城』を創造。紅葉、『食事』は見ちゃだめだよ?」
最悪だ。脳裏にグロテスクなシーンが浮かび、手足が震えた。
刹那、私の腕の肉が喰い千切られる。ピンク色の筋肉が顔を出していた。油断をしていた隙に噛まれたようだ。
「紅葉、油断しない。戦場においては恐怖さえ命取りだ」
半ば『誰のせいだ』などと思いながら、まだ使える右手で硝吸鎌を振り回す。
腰の骨を折り、更に足の骨も粉砕しておく。一体目の力が少しばかり落ちる。まだこんなにも気持ち悪い事をするのかと思うと気が引ける。でも爆音により、僅かな安静と新たな恐怖が私の体を包む。
城が設立されてゆく。建物を木っ端微塵にし、足元にも大理石の床が現れる。巨大地震の後に出来たのは馬鹿デカい広間。城の内部である。