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あぁいけない。言い訳になっている。
「紅葉ちゃん、俺を助る為に硝級鎌と見えざる目を失う約束をしたでしょ?」
「あぁ。そうだな」
「それ、もう少しだと思う」
その言葉を聞いた途端、常に冷静な所長の目が僅かに見開いた。まぁそういうものか。なんせ死体狩りの要とも言えるべきものを、もうすぐ失うと言ったのだから。
所長は青汁でも飲んだ時のように苦々しい顔になって、俺に問いかけて来た。
「どうして?」
「分からない。けど何となくそんな気がした」
俺は体をソファに預けて両手を後ろに組んだ。『それ以上は聞かないで欲しい』という意思表示だ。
だって本当に、何となくだから。何の理論も理屈もへったくれも有りはしなかった。だから“予感”なんじゃないか。
あぁ、そうそう。あと質問が一つ。
「あとさ、所長」
「うん?」
「紅葉ちゃんが苦しそうなのは、見えざる目を失ってしまうからなのかな?」
出来るだけ明るく問いかける。
何でも無いときでも笑顔の練習は必要だ。だって人間に近付く程紅葉ちゃんが安心するのが分かるから。安心すると少しだけ心が温かくなるような気がするから。でもほんの少しの違いだから分からない。もっともっと大きな変化を──。
そう。例えば紅葉ちゃんが笑ってくれるとか──。
紅葉ちゃんが笑ってくれたからと言って、心が温かくなるとは限らない。だからものは試し。でも賭ける価値はあると思う。
俺の記憶は死体に成り掛けの時から始まっている。逆に言えばそれ以前の記憶はぼっこりと抜け落ちている。だから表情の作り方が分からない。分からないから練習する。紅葉ちゃんを安心させる為に。笑って貰う為に。
しかし俺の表情に反して所長は酷く苦しそうな顔をしていた。とっても言い難そう。ドラマとかで見たことあるけど、人が死んじゃった時みたい。
「いいや……。紅葉はね、君を助けた事をずっと悔やんでいるんだ」
「どうして?」
俺は大きく首を傾けた。それを見て所長は瞼を黙って伏せる。俺から目を背けるように。
ただ疑問だった。生きる楽しみが分からないとはいえ、今此処に居られるのは、紅葉ちゃんが必死になって硝級鎌に願った御陰だ。其れについて何も思いはしないけれど、人間の言う“感謝する”という言葉が一番しっくり来る気がする。少なくとも“憎い”といった感情とは何となく違う……気がする……。