1 独占欲
目を覚ますと事務所のソファに横たわっていた。あれ……確か倒れた場所はロッカーの前だった筈なのに……。しかし、この疑問はすぐに払拭された。
「お目覚めか?」
ソファの背凭れの後ろ側から、声が聞こえて来る。地の其処から這い出るような、不気味な声音だった。起き上がって確認すると、硝級鎌が体育座りしてそっぽを向いていた。折角の紳士服が皺を寄せている。
「ソファに運んでくれたの?」
「あぁ……」
やっぱり不機嫌だ。一向に此方を首を動かさない。少し不安になって、彼の髪に触れる。絹のようにサラサラでしなやかだ。だが安定なのは髪だけだった。他は全て何時もと違う。
困り果てていると硝級鎌から口を開いた。
「汝は……私との契約が嫌になったのか?」
「はい?」
言っている意味が分からない……。無口な上に秘密主義だと会話が噛み合わないので困る……。でも……後にも先にも私の相棒は硝級鎌だけだし、他の奴なんて考えられない。考えられない以前に有り得ない。
顔を見て話をする為に立ち上がり、前へと回り込む。硝級鎌の顔はとても綺麗だけど、今は悲しみの色が濃い。私が……こうさせたのか……?
「久々に来たと思ったら、私では無く屍刺鞭への用だったじゃないか」
「御礼は言わなきゃ」
寂しがり屋だとは……思う。だって黒猫のような存在だから。構ってやらないと、そっぽを向いて尻尾を床に叩き付けていそうな。そう思いながら黙って髪を撫でても、表情の悲しさは消えてくれない。どうしたものか……。
撫でる事を止め、溜め息をつくと不意に意識が遠退いた。精神世界に引き込まれる……。
本日二度目の精神世界。今は硝級鎌の精神世界である。洋館の一室のように整えられたサロンは、とても大人びて見える。しかしそんな空間に反するように、硝級鎌は子供のように抱き付いていた。
「汝は……私のものだ。……死後はずっと……」
「大丈夫だよ。約束は守るって」
だから……そんな風にしがみ付かないで欲しい。何時もみたいに飄々とした笑みを浮かべて、キスでもすれば良い。調子が狂ってしまう。
硝級鎌の包容は生まれたての幼児ようだ。弱々しく、儚く、故に引き剥がす事の出来ない強さがある。
精神世界の中で手負いが二人。今日も支え合いながら生きていく。