1 会えない
息を切らしながらようやく事務所に到着した。心拍数が上昇し、喉も痛い。それでも力を振り絞って階段を上る。軽い金属の音が辺りに響き、倒れるようにしてノブに縋り付く。バランスを崩しながら戸を開くと、願いに願った人が其処にいた。
「塊!!」
塊は一度此方を見て目を見開いた。でもそれだけだった。何時ものように笑って名前を呼んでくれない。さっき暴言を吐いた私に文句の一言も言わない。ただ静止画のように動かない。
「塊、さっきは──」
私が彼の元に駆け寄ろうとすると、一歩退いた。また一歩踏み出す。一歩退く。捕まえようと手を伸ばすも呆気なくかわされ、素早く窓の鍵を開ける。それから勢いよく開け放つとサッシに足を乗せ、此方を見ながら少し寂しそうに言った。
「ごめん、紅葉ちゃん。今は駄目……会えないんだ……」
「……!!」
窓から塊の姿が消える。眼前にあるのは空の色のみ。慌てて落下していった窓に近付くと、塊は既に地に着地をし、駆け足でこの場を去ろうとしていた。追ってきた私を避けるように遠く、遠くへ。
力の抜けた足がべたりと床に付いた。瞼が焼けるように熱い。そして瞳の端からはぼろぼろと水が垂れて行く。
今の私は何も文句が言えない立場だ。けれども、話をすることさえ許され無いのだろうか……? 二階から飛び降りて逃げようとする程の禁忌なのだろうか……?
「紅葉ちゃん……」