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「助けて……」
硝吸鎌はさらに笑みを濃くし、膝を叩く。『座れ』という意味だ。今はそれどころではないと言うのに、余裕綽々とした顔で私を焦らす。沈んだ顔で彼の膝に腰掛けると頭一個分程高くなった私を見つめる。踝まである長い、長い髪に触れ、つっかえつっかえ言葉を並べた。
「昔……死にかけの人間を……半死半人に出来るって……言ったでしょ……? 蜃を……お兄ちゃんを死体にさせないで……!!」
声が震えていた。何が何でも、それこそ何を対価に取られようと蜃を延命させるつもりでいた。
彼は私の腰に手を回し、涙で崩れた私の顔を覗き込んで来た。そのまま大きく裂けた口元から真っ赤な舌を出し、頬に這わせる。不快な唾液によって背筋が粟立つと同時に、涙も拭われる。
「きっと汝の望まぬ形になるだろう。其れでも構わないのか?」
「それでも良い!! だから……お願い……」
近付いていた顔が遠退く。
私は硝吸鎌が身に纏う紳士服を鷲掴み、縋るよう祈る。余りに強く握るせいで指先が白くなっていた。
硝吸鎌は溜め息を付くとらしくないシリアスな表情で私の意見に同意した。
「良いだろう。しかし、無料で協力すると思うな」
毒の微笑み。契約を迫る悪魔がいた。
分かっている。私の相棒がそんな聖人のような人格では無いと言うことを。必ず“何か”を要求してくると言うことを。
このような会話をしていると、出逢った時のことを思い出す。
『汝の死後、魂は天国へも地獄へも行かず、私のものになると言うのなら、相棒になってやっても良いだろう』
毒の笑みを浮かべこう言って来た事は今でも鮮明だ。その時もこんな風に人を食った笑みを浮かべ、唯我独尊と言ったように“代償”を求めて来た。今回もその類だろう。
「汝の“見えざる目”を頂こう」
硝吸鎌は私の顎を人差し指で持ち上げて無理矢理上を向かせた。その行動が不快で見下すように彼を睨む。彼は涙を拭ったその舌で今度は唇を詰っていた。さながら毒蛇のようだ。
「……分かった」
返事はない。変わりに『契約成立』とでも言うようにさらに口角を釣り上げる。
硝吸鎌が立ち上がろうとした為、私は硝吸鎌の膝から降りる。距離を置いてこれから行われる儀式を見守る事にした。
今から……蜃は蜃で無くなる……。私のせいで全てが変貌する。