1 硝級鎌との契約
何故かさっき所長から電話があった。私に頼めば硝級鎌は言うことを聞くと思っているようだが、そんな上手くはいかない。彼奴だって嫌なことは絶対に首を縦に振らないはずだ。
私は白い病室の上で寝返りをうつ。こうしたって何も解決しない事は分かっている。
だから──少しだけ待ってくれ。少ししたら塊にあって全てを詫びよう。そして礼を言おう。
今たった今、唯一の肉親を失おうとしている。両親が行方不明となった時から、私が引き取られる事を拒み、ずっと二人で生きて来た。その片割れの生命が今、揺らぐ。
私がもう少し早く見つけていれば、始末しておけば、こんな結末にはならなかっただろう。罪悪感が……心を蝕む。
故に私は禁忌を犯す。犯さずにはいられなかった。
「硝吸鎌……!!」
私は蜃に向けた理知的な口調ではなく、震える声で相棒の名前を呼ぶ。俯いて、顔を上げる事が出来ない。
辺りの景色が闇に呑まれ、 茶を基調としたサロンのような場に作り替えられる。柔らかい絨毯に、木製の脚が付いた硝子テーブル。暖炉には薪がくべてあり、爆ぜる音が聞こえてくる。部屋の中心にあるアンティークものの椅子に長い脚を組み、尊大な態度で鎮座しているのは相棒の硝吸鎌だ。彼は何時もと変わらない絹のような長い髪に、英国の紳士服を着こなしている。そして彼の真横には……実の兄が倒れていた。
私はベロアの絨毯を踏みしめ、横たわっている蜃の元へ向かう。死体によって食いちぎられた部分はビスクに変わっているものの、未練から来る死体への変貌は阻止されている。しかし此処の空間から出れば死体への変化は免れ無いだろう。そっと頭部を抱き締めて冷たさを痛感した後に、硝吸鎌の眼前へと移動する。
「なんだ?」
『要件は分かっている』という事はあから様なしたり顔と、蜃をこの空間に連れて来たことから伺える。しかし敢えて分からないという風に問い掛けてきた。自分から言わせるのが趣味であるらしく、性格が悪いとしか言いようが無い。
此奴は何時もそうだった。私が取引を求める時、怠惰な猫のような皮を捨て、悪魔のような微笑を浮かべてくる。其処に“優しさ”などという甘ったれた言葉は存在し得ない。
今の硝吸鎌は何時もの硝吸鎌じゃない。独占欲の強い、幼い子供はなく、冷酷非情な、契約を迫る悪魔だ。