1 苛立ちと宥め
事務所に戻った私はロッカーに仕舞い込まれた硝級鎌を引っ張り出し、呼び出す。今回の件で聞きたい事がある。返事が無かったら、滅籍にでも頼んで半ば強引にでも尋ねよう。
彼は返事が返って来るだけでもマシだと思っていた私の見立てを裏切り、あろう事か実体化した状態で現れた。
「硝吸鎌、今回の件で私は君を見損なったよ。君は……自らの相棒と交わした約束は死んでも守る奴だと思っていたのに」
信じていた。この眼前にいる天上天下唯我独尊、紅葉を溺愛するあまり、他には一切目を向けない破壊兵器のことを。
要智さんが生きていたときも、信じさせるような事を彼自身の言葉で言われたのだ。
──此奴はあぁ見えて忠犬なんだよ。約束した事を自分から破ろうとしないし、裏切らない。きっとそんな性格なのは自分がそんな風に裏切られ続けて来たからだと思うんだ。
──それはさ、自分が裏切りをしてきた奴らと同じになりたくないから、きっと約束に固執するんだと思
う。
要智さんは人を見る目がある人だったそしてそんな要智さんと共に死体を狩り、戦死を許さなかったのは他ならぬ彼なのだ。
だから私は絶対零度の眼差しで彼を軽蔑する。
「なんの事だ」
そしてその彼もやけに苛立った口調と眼差しで私の事を睨んでいた。それに怯まず私も言葉を返す。心情は読まれているだろうが、言わせたいなら聞かせてやる。
「紅葉に安楽死をさせる約束をしたのだろう? だから私は紅葉は戦場では絶対に死なないと信じていた。彼女が生み出す活力が全て君のものとなり、安らかに眠るまでは。でも今回紅葉が負った傷は生死の境をさ迷う程の大怪我だ。当たりが悪ければ間違い無くこの世に居ない。この事について言い訳をしろと言っているんだ」
聖遺物は武器の状態でも相手と会話出来る。増して持ち主の身に危険が及んでいるのならば尚更だ。そしてそれが出来ず、相手が自らの声に耳を傾けない場合は最終手段として相手を傀儡にする。本人の意志とは関係無しに、自らの力が最も反映出来るように“主の体を動す”のだ。
そのくらい、聖遺物にとって使い手とは大切な存在だ。そして誰よりもその持ち主を大切に思う硝吸鎌が、何故それをしなかったのか、理由が聞きたい。
「唐紅に私の声が届かず、また傀儡化も出来ない。気付いていたさ、あの場にいた誰よりも唐紅の身に危険が及んでいたことぐらい。だが指示を出しても伝わらない。傀儡化して死体に一撃を喰らわす事も出来ない」
硝吸鎌の目がぎりぎりと吊り上がり、歯軋りする音が聞こえてきた。それに呼応するかのように、事務所の窓が震え始める。