1 呼び出し命令
「……ん、……ちゃん、紅葉ちゃん」
私の肩を誰かが必死になって揺すっている。気持ち悪いから止して欲しいのだが、止めてくれない。それどころかますます強く揺さ振ってくる。
胃が捏ね繰りまわされる様な不快感の中、無理に瞼をこじ開けると、私の腿に跨る塊の姿が目に入る。
「また、うなされてたよ。死体を狩った後は何時もこうなんだから……」
『全くもう……』と、呆れ気味に言われてしまう。片腕をベッドのスプリングに置き、上半身を私の体に近付けると、肩を竦められた。愛猫にするように頭を撫でられる。
この状態は些か不愉快だが、起こしてくれた事には感謝しよう。……少々手荒だったが。
「…………」
「所長から呼び出し命令来てたけど、今日は行かない方がいいかもね。俺が代理品になるよ」
「いい。私が行く。大丈夫……。シスターはヤブれない……」
塊は暫くの間私の顔を凝視していたが、最後には承諾してくれた。顔半分を指で覆い、闇の瞳で床を見る。
シスターの強さは知っている。少なくとも所長が真面目にさえやってくれれば全て滞りなく始末し終わるだろう。
メンタル面の回復は臨めないが構わない。そんな事どうでもいい。今何を思い、どう行動するかが先決だ。
「そう? なら任せようかな。『岩波先生と美しき悪魔たち』も気になるし」
私は無言で返事をし、目だけを彼に向け、右手で塊を追っ払う。
良くも悪くも自分の着替えを見られるのは良い気分ではない。気にしなければ其処までだが、ただ何となく。
塊は塊で気付いたようにくすりと笑うと部屋を出て行く。扉の前に立ったところで私に顔を向け、一言。
「着替えなんか見ないよ。朝、ハムエッグでいい?」
僅かに頷くと彼は部屋を出て行った。
クローゼットを開き、適当に引っ張り出す。
着替えと言うのはなかなか面倒くさい動作の一つである。
まず服を選ぶ、ハンガーから外す。先ずこの動作が面倒臭い。ハンガーの肩幅を気にして裾から取り出さなくてはならないし、ポンチョのような網目状のものだと、かえしが引っかかるのだ。それに服を脱ぐにしたって、纏っていたものを脱ぎ捨てる訳なのだから、それなりに筋肉を使わなくてはならない。片足を上げたり、袖を通したりするのが良い例だ。
稀に『試着が楽しい』などと言う輩が居るが、私には到底理解出来ない。あの一連の動作を何故『楽しい』などと思えるのか……。
モデルと呼ばれる役職についている人々を心から尊敬する。彼らは“服を着るということ”を生業としているのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
そんな思考を徒然考えながらぐだぐだと着替えを始める。どうせまた狩りの依頼だろうから動きやすい服にしなければ。パーカーにジーンズ、適当に選んだTシャツを着て居間に出た。
「出来たよ」
「うん」
食パン二枚にハムエッグ、その皿の上に何気なくウイナーが二本。後はサラダとコーンポタージュ。私に言った『ハムエッグ』よりも品数が増えていた。
黙って食パンを囓る。口を開く事なく無理に押し込んで飲み込む。フォークでトマトを貫いているとき塊の口が鷹揚に開く。
「まだ、硝吸鎌を使い続けるの?」
時が止まる。バレていないと思ったのに……。いや……きっとバレていない。ただ直感的に何かが彼の脳裏を通り過ぎたのだろう。
私は赤い果肉を貫いたまま彼の顔を呆けたまま見つめた。緩慢な時の流れがはっきりと停止したかのように思われた。