1 木偶人形
また……夢をみた。さっきとは違うけれど悪夢には変わりない。
白い壁に囲まれた、白い空間の中。病衣を着て、至る所に包帯を巻いた青年の側にいる。
過去の私は救ったのか、殺したのか分からない青年の頬に触れ、案ずるように安否を確認する。
私の手先は震えていて、極寒の北極に居るようだった。
「感覚は……ある?」
首を横に振る。虚空な瞳だった。強いて言うなら闇が見える。崖から奈落を覗き込むような底知れぬ闇。
私は黙ってナイフを取り出し、病衣の袖を捲り上げと白い素肌に赤い線を入れた。
一体、私は何を“確かめよう”としているのだろうか……? 何をしているのだろうか……?
「これでも……?」
ナイフで描いた赤い線は瞬く間に肉に埋もれ、元の姿を取り戻す。もう傷一つない白い腕を晒していた。
此処まで来てはっと我に返る。彼の腕を傷付けたと理解するのに物凄い時間がかかった。
彼は失意にまみれた双眸に私を写し、何を言うこともなく見下ろしていた。それは私を蔑んでいるようでも、憐れんでいるようにも思えた。
いや……違う。パンドラの目には絶望しかなった。
「姿は見える? 声は……反応してくれているから分かるか……」
また顎を引く。
彼の頭を掻き抱いて、抑えられない激情をどうにかして押し止める。
泣くなんて、そんな無責任な事はしてはいけないのに頬からは熱い雫が零れ落ちる。
腕の力を弱め、視線を合わせても何の感情も読み取れない。
「苦しい。とか辛い。って気持ちは?」
首を横に振る。
私は顔面から血の気が引いて、真っ青になっていくのを感じた。吸血鬼に血を吸われるように、青く、白く。
そして全てを悟った。もう駄目なのだ。もう彼では無いのだ。以前の彼とは全くの別物になってしまったのだ。
「ごめんなさい。貴方の全てを奪ってしまって、本当にごめんなさい」
もう一度彼の頭部を壊す程に強く抱き締めた。人に触れる事を拒み、体温を感じることを拒否し続けてきた手が項に当たる。
温もりは失われていた。