1 油断大敵
「唐紅、慣れてきたからといって、くれぐれも油断はするな」
見えざる目を失って数日、前よりかは幾分マシに成ってきた。少なくとも、見えていたときよりかはまともに動けていると思いたい。しかし油断するつもりは微塵もなかった。そもそも“見えない”というハンデが、過信という余地すら与えてはくれないのだから。
私は硝吸鎌の膝の上に座らせられ、そっと頬を撫でられていた。優しい手付きである。
「貴方が奪ったのに」
「あぁ。だが私以外の者に汝を傷付けられるのは腹が立つ」
過去をほじくり返して文句を言うのは良くないと分かっているが、硝吸鎌もそんな事をしてくる為に、仕返しとして皮肉を飛ばす。
彼はさも気にしていないように振る舞いつつ、その口を自らの口で塞ぎ込んだ。
冷たい指先が首筋に回り、抑え付けるようにして締め付ける。解放されたのは数分後だった。
「互いに好き勝手に生きている。その報いを今受けているだけだ」
確かにそうだと思う。私達は自分勝手に生きている。他人の感情など関係無しに振る舞い、無理に繋ぎ止めてきた。だから今その報いを受けている。そして償えるのは他人ではなく、自分自身だけなのだ。
私は硝吸鎌の膝の上で大きく伸びをしながら欠伸をした。
「そうね。お互い自業自得だもの」
一度引き延ばされた筋肉が弛緩された為に体から力が抜ける。世に言う“ぐったりする”という奴だ。膝の上でそのままくつろいでいると、跳ね上がった前髪をそっと指で弾かれる。そろそろ戻らねばいけないか。
硝吸鎌の膝の上からおり、視線だけで言葉を交わす。考えを悟ってくれた硝吸鎌は、私だけをこの空間から遠ざけて行った。
脂臭い事務所に戻って来た。この場にいるのは所長と私だけ。他の面子は死体を狩りに行っているか、ブッシュ・ド・ノエルの仕事、もしくは暇を出されているのだろう。
ちなみに私は呼び出された身。自ら進んで此処に来た訳ではない。
「お帰り」
「ただいまです」
私は死んだ目をそのままに所長に向ける。パイプ椅子に踏ん反り返った姿は女子高生というよりも、偉そうな悪代官だろう。彼は曖昧な表情で私を見つめていた。
所長とはそれなりの付き合いになるが、考えている事全てを理解出来る訳ではない。今だって何を考えているかすら分からない。
「紅葉、今の時期が本当に危険なんだ。過信は…………禁物だよ」
「分かっています」
所長の口調は言葉の重さを示していた。それだけ私は案じられている。自分では気付いていないだけで、本当は過信しているのでは無いかと錯覚してしまう。
ふと勉強と似たような関係性があることに気付く。どんなに覚えた気になっていても、試験で解けなくては意味がない。詰め込んだもの全てが知識となる訳ではなく、其処から必要なときに引き出せるのが本当の知識となる。
第三体……嬉し過ぎる~(*´∀`)(*´∀`)
物語もクライマックスを迎える章です(^^ゞ
でもアンデッド─undead─はこれからも続きますよ(^^ゞ
ps
紅葉の呟きにもあった通り、勉強って本当これなんですよね……。
努力が報われないって此処にあると思います……。