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目が覚めた。明るい日差しがカーテンの隙間からこぼれる。悪夢にうなされても朝は必ずやってくる。救われることも、報われる事もないけれど、光を見ていると少しだけ気持ちが和らいだ。
塊が壁に凭れ、体育座りをし、頭部を膝に埋めたまま眠っていた。ベッドから這い出し、体をよじり、見下ろすと顔を上げる。
塊は私のベッドの枕元付近で眠る事が多い。「ベッドで寝ないのか?」と前に訊ねたら、私のベッドに潜り込もうとしてきたので即刻追い出した。
因みにその時塊はこう返している。『悪夢にうなされた時に起さなきゃ駄目だから、出来るだけ近くで寝たい』……。と言いながらも偶に寝床を変えている。
まぁ何処で寝ようと此奴の勝手だ。
「ん……。おはよ。紅葉ちゃん」
「寝ていたの?」
「いや? 目を閉じていただけ」
寝起き早々、爽やかな笑みを浮かべる塊に和らいだ気持ちに鉛がのし掛かる。
深夜からずっと眠っていないのだろうか? それとも――。
私は塊の頭部に手を伸ばすと茶色がかった髪に指を埋めた。サラサラした感触が伝わってきて指の間を掻い潜る。そしてそのまま力任せに掻き乱す。
「くすぐったいよ」
「嘘……。嘘つかないで……」
震える声を掻き消すように、両手で髪を掻き回す。しかし罪悪感はしんしんと降り積もる雪の如く重さを増し、じんわりと心の隙間に入り込む。
そんな心境を知ってか知らずか、不意に彼の長い指が私の目許に触れる。冷たい手の感触を遠ざけようと手首を掴み、拒否をする。しかし塊の親指は其処から離す事はせず、ただ優しく私の目許をさすっていた。
「ごめん、ごめん。だから泣かないで」
泣いてなんか無い。本当に泣きたいのは塊の方なのだ。ただ其れすらも許されない状態にしてしまったのは他の誰でもない、私自身なのだ。
泣けなかった。彼の、人間としての情緒を奪った私に泣く権利なんて何処にもない。
あっては成らないのだ。殺した者が殺された者を思って泣くなどと、そんな甘ったれた事は許されない。殺した者は殺された者の恨み、妬み、羨望、絶望それら全てを背負って、それでも立ち続けなければならない。
気が付くと床に崩れ、首部を垂れていた。その姿を見て、昔してくれたように抱き締め、背をさする。
「……泣いてない。狩りをしたから疲れただけ」
一種の強がりだったのかもしれない。もしかしたら強がらなくてはならないと、頭の片隅で考えていたのかも知れない。しかしこんなもの、あっても無くても一緒なのだ。
脆いメレンゲのような虚栄心は一体何処まで彼に通用するのだろうか?
「ならもう少し休でいな」
きっと彼は今の私の言葉が虚勢だと直ぐに感づいただろう。其れでも咎めることはせず、度背を擦ってくれる。
塊は倦怠感で動けなくなった私の身体を支え、ベッドに座らせる。私はそのまま横向きに倒れると、力が抜け、またも深い眠りへと堕ちていく。
「また、何度でも、血にまみれた悪夢を見る度に起こしてあげる。苦痛から目を背けさせてあげる。お休み」