1 図々しさ
夢の中では要智さんが居た。それでもその姿はぐにゃぐにゃに歪んで、ぼやけていた。長らく押さえ込んでいた感情が溢れ出てくるのを感じる。
英国の路地裏。本当に好きだなぁと痛感させられる。
「っと──。お前大丈夫か!? 」
静かに泣く私を見て、要智さんが驚いたように駆け寄ってくる。成人を迎えた立派な大人が、たかが少女一人にあたふたさせられる。申し訳ないと感じる。
私はしばらく何も言えなかった。言葉にしようとすると全てしゃっくりに変わってしまうのだ。
「泣いては……駄目…………なんです……」
「は?」
「だから泣いては……いません。大丈夫です……」
そうなのだ。全てを奪い去った私が、感情なんか出して良い訳がない。だから何時も無表情でいるのに、この時ばかりはその信念が崩壊していた。最悪だった。図々しいにも程がある。
要智さんは私が落ち着くまで待っていてくれた。その間肩をさする事も、涙を拭う事もせず、ただ側で様子を見守ってくれていた。
「何があったか知らないけどさ、お前が泣いちゃいけない理由にはならない。どんな事があっても感情を抑制する理由にはならない」
要智さんの目は真剣だった。何処までも真っ直ぐな剣士のようの双眸。私もこんな風になりたいと思う。
あの時、私は行った事を後悔していない。けれどもとても許される事だとも思っていない。だから何時までも自分に罰を与え続けている。これで良いのだと無理に自分を納得させ、誰の気持ちも考えていない。残るのはただの闇。
「良いんだよ。人間なんだから、泣いたり笑ったりして。人間以外に笑う生物なんて、そう居ないはずだぞ?」
「そんな事、初めて言われました」
「俺の名言なんだから、ちゃんと心に留めておけよ。っと──もーちょいで朝だ。起きなきゃまずそうだ」
そう言われて全てが霧の中に溶けていく。街も、要智さんも、私でさえ消えてなくなってしまうのだった。