1 死体となった彼
その日私は夢を見た。また、過ちを再現させたような、そんな息苦しい夢。
彼は血の海に体を横わり、口から真っ赤な赤を吐き出した。腕や脚が獣に喰い千切られたように抉れ、ビスクに変化してゆく。ピクリとも動かない姿は死体そのものだ。
この“見えざる目が映す状態”が見えない彼は、何を見ているのだろうか? 何の変化も無い自分の体に引き裂かれるような痛みが走り、きっと訳も分からない筈だ。
「生きたい? まだ、生きていたい?」
「あぁ……そりゃ……生きていたいさ。見捨てて逝ってしまったらもう……探せ……ない……じゃないか……」
蟲の息だった。まだ蠅の羽音の方が生気に満ちているだろう。そして私の奇妙な質問にも疑問を見いだせない程にきっと、激痛が回っているのだ。
僅かな動き。彼の指が私の爪先へと伸びる。
いや……“伸びる”と言っては語弊が生じてしまう。きっと“地を擦った”と言う方が適格な筈だ。
「どんな姿でも? 全てを失っても?」
魚の目が私を捕らえ、僅かに頷いた。頷いたかさえ分からなかった。もしかしたら私の思い込みかもしれない。だがしかし、もう時間なんて大層なものは無かった。刻々と彼の体が土に埋まり始め、死体へと変貌しかけている。
「分かった。君が、“私が”望まぬ形でも助けてあげよう」
途端に心拍数が上がる。息が……出来ない。苦しい……。誰か……誰か誰か誰か……、助けて……。でもこのまま死んでしまいたい。助けないで。罪に塗れた私に断罪を――。
複雑な感情の中、闇に手を伸ばせば冷たい感触。指を絡ませ、私の火照った熱を奪っていく。
「大丈夫、大丈夫だよ。何も見えない。感じない」
直感で、ベッドの端に誰かが腰かけていると悟る。額にかかった前髪を指先で払い始め、夢か現か優しい声音が響いてくる。目を開こうとすると手で遮られてしまった。
「目は開かないで。そのまま眠って」
指に絡みついていた手を離し、前髪を弄る。母が子にするように繊細な手付きで私の頬に触れ、もう一度深い眠りに落としてくれた。