1 異質
言われた通り、真っ直ぐ走り込んで行くと、元の大通りへと出る事が出来た。やはり今までいた空気とは違っている。車の騒音や、排気ガス、背の高いビル達が並んでいる中で、あの空間は異様だった。
しかしそんな事に気を止めていたら、時間が短くなってしまう。私はまた走り出した。
事務所の前まで来て、見上げる。相変わらず年期が入っていて、大地震など来ようものなら粉砕されてしまいそうだ。今上がっている階段も、錆び付いていて、決して綺麗なものとは言えない。それでもなんだかんだで底では嫌がってないことは明白だった。
事務所の扉を開ける。鍵なんか掛かっていないし、こんな古臭い事務所を漁る泥棒が居るなら、是非とも顔を拝んでおきたい。
私は自分のロッカーを開け、楽器ケースを引っ張り出して開けた。場所に不釣り合いな鋼の十字に触れた途端、意識が揺らぐのを感じる。そして目をもう一度目を開けたら、上品なサロンのようなところに立っていた。
この場所の主が珍しく驚いている。双眸を見開いて、悩ましげに首を傾ける。そんなに動揺しないで欲しい。
「珍しい」
「暴れてないか心配で」
硝吸鎌は私の前まで来るとすっぽりと抱き包んできた。何時なら、初っ端からキスをしてもおかしくはないのに。不思議なものである。
項に顔をうずめて呼吸器全てを使って息を吸い込む。まるで私の匂いを嗅ぐように。何時もは猫だと感じるているが、今回はまるで犬だ。
たっぷり数分間かけて私にくっ付いた後、真剣な面持ちで訪ねてきた。
「此処に来るまで寄り道をしたか?」
「うん。異国の路地裏みたいなところ」
「其処で何かされたか?」
「ココアをご馳走に。どうしたの?」
すると硝吸鎌は物凄く不機嫌そうに私から距離をとり、定位置とも思われる一人掛けのソファに腰掛けた。普段は早急に手招きして、呼び寄せるのに今日は些か変わった日である。
疑問に思って私が硝吸鎌の前に近寄ると、膝を叩いて座るように指示してきた。彼の膝上に腰掛けると髪を梳きながら鼻歌を歌い始める。
……さっきまで感じていた不機嫌さは何処へ行ったのか……。
「いや、済まないな。大した事ではないんだ」
「……」
「私が受け付けない、嫌いな輩の雰囲気が唐紅からして来た。だから汝に不機嫌になっている訳では無いよ」
嫌いな輩…………? 硝吸鎌は人間嫌いだが、それは私も種族だし、なんせ人間に囲まれて過ごしているのだから当てはまらない。どちらかと言えば硝吸鎌は嫌われる側に回っているはず……。