1 目利き
不知火紅葉が去った後、ロキと店主はさっきと同じ様にココアを啜っていた。
「ねぇ。あの子に随分と御執心のようだったけど、まさか“アレ”かい」
「ええ。それも曰く付きの」
ロキが隠したように言った言葉を早々と悟り、鷹揚に頷いた。ロキの怪訝そうな表情に『なにか?』と店主は首を傾けた。
ロキはあの美しい少女が、とてもじゃないが“アレ”だとは到底思えないのだ。ざっと見た所、才能は皆無だと本能が告げている。いや、だからこそ“曰く付き”、などと言われたのかもしれない。
その様子を見て、店主はまた含んだような笑みを浮かべた。
「欲しくは無い……かな」
「貴方の目利きに添うような者なんて、そうそうに居ないではありませんか」
「俺はかなり我が儘だからね。でもその点であの子は優秀だ。何時かあの子に殺されるんじゃないかな?」
「大袈裟な」
「大袈裟ではないよ」
そう言ってまたココアを啜る。注がれた飲み物が半分以下になった所でカナリア色のクッキーを摘む。仄かに甘く、さくさくとした歯触りが特徴の人気商品。ロキは味よりもこの色合いと形が気に入っていた。
満月を模したような円形に、淡い黄色のクッキー。オーソドックスでシンプルなのだがまた其処がそそられる。
「まぁ、またあの子が世話になる時が来たら宜しくね。なんなら同じ所属にして、いろはを教えるように頼むと良い」
「ええ。言われずともそうするつもりでした」
店主は口元に三日月の裂け目を作り、笑った。それに臆する事なく、ロキも同じ様に裂け目を作る。
二人の仲は友人と呼ぶには余りにも親しく、敵と呼ぶには離れ過ぎていた。だがこうして茶会に付き合うあたり、其処まで仲が悪いようには思えない。
言うなれば“利害が一致した相手の商談”と言ったところか。
「おやおや、相変わらず人使いが荒い。とんだ狸が居たものだ。だから嫌われてしまうんじゃないか」
「一理ありますね」
そうして軽口を叩き合った後、ロキはすっかり冷め切ったココアを飲み干すと、ソーサーに戻した。双眸には鋭利な刃のような眼光。
其れの全てを理解した上で、店主はロキを見送ってきた。何度も何度も、其れこそ幾度と無く。
内心、『親バカ振りを見せ付けられるのはこりごりだ』と思いつつ、何も言わないのは恐らく彼の気持ちが分かるからだろう。
ロキは隅に置かれていた、楽器ケースのようなものを引き寄せると、そのまま立ち上がった。
「まずいね。見つかっちゃうかも」
「その割に楽しそうですよ」
「そう? だって娘だからね。ココアご馳走様。美味しかったよ」
「相変わらずですね。ココアはお粗末様です」
そう言ってロキは荷物を背負う。跳ねっ返りの強い彼の毛先が歩く度、ふよふよと揺れてなかなかに面白い。猫が居たら迷う事なく反応していただろう。
「じゃあ、また」
「はい。また」