3
「今茶菓子を持って来ますね」
そう言って更に奥に引っ込むと、私とロキさんが取り残された。彼は椅子に座りながらもアンティークの品々に目をやり、一つ一つに真剣な視線を注いでいく。
コレクターなのだろうか? アンティーク物のコレクターはさして珍しくない。数千万も払って我が物にしようと考える輩も少なくないそうだし。
私の視線に気が付いたのか、さっきの聖母のような笑みを浮かべ、話し掛けてくれた。
「好き、なんだよね。こういう雰囲気。柔らかくも気品があって、決して痛々しくない。店長が骨董品を愛しているのがよく分かる」
「好き……なんですね。骨董品」
そう言うとゆっくりと首を左右に振り、跳ねっ毛がふわふわと揺らした。その動作に若干の疑問を抱きつつ、私は口を閉ざす。
すると彼はまたにっこりと微笑んで、愛しいものを見るような暖かい目で語りかけてきた。
「君が思っている程好きではないよ。ただ人並みに興味がある程度。ただ物を大切にしたり、拾い物に愛情を注いだりするところが俺にも共通するところがある」
家族の事を語るようにロキさんは言った。
それは私にも分かる。私だけでなく、他の人間にも分かるだろう。
物を大切にしない人はいるけれど、一度も大切にした事がないとという人は居ないと思う。長年使っていれば愛着も湧くし、大切にしたいと思う。
「お待たせしました。どうぞ」
「有り難うございます」
出されたのはココア。注ぎたてほやほやで白い湯気を立てている。そして淡い黄色をした円盤型のクッキーだった。
ココアを啜ってみる。粉っぽくも薄っぺらくも無く、ちゃんと味に深みが存在する。しかししつこくもなく、上品な甘さが口の中にほんのりと跡を残す。美味である。
「美味しいです」
「それは良かった」
「店主の淹れる飲み物は何でも美味しいよ。少なくともハズレに当たった事はない」
「恐れ入ります」
店主はココアを啜ると、ソーサーに戻した。優雅な動きの後に、彼は深く一礼した。
私もココアを少し啜った後、本来の目的を思い出した。元はと言えば硝吸鎌の元へ行くはずが、骨董品店で呑気に油を売ってしまっている。ココアは美味しいが、それ以上に急がねば。舌を焼く液体を慎重に、しかし出来るだけ早く飲み干した。
カップをソーサーに戻し、五百円玉をテーブルに残す。
「あの……」
「此処を出て右手を走っていれば、すぐ大通りに出ますよ。それから、これは持っていなさい」
店主は五百円玉を私の手に返すと、『引き止めてごめんなさい』と頭を下げた。私は首を左右に振ると、同じ様に頭を下げる。
道は聞けたし、ココアも馳走になった。引き止めたなんてとんでもない、居座ったのは私だ。
戸口のところまで来るとまた会釈する。
「本当に御世話様でした」
「いいえ、では──」