出会い~北行街道~
アルフィールドを出て宿のある最初の村ヒルデに向かう通称、北行街道はよく整備された街道で、今の時期は晩冬の陽光に照らされて、多くの行商人が行き交い、アンドーヌの街がある名峰エリヌー卜山脈が、遙か遠くに地平線のように鋭く尖った山並みを突き出し、山頂付近の万年雪がキラキラと光って旅人たちの目を楽しませていた。しかし、ハロルドが一番驚いたことは、顔と髪の汚れを落とし、一張羅だという服を着たエマが、予想以上に若く、どこか気品がある事だった。まだ、30代に入ったばかりなのか、一つにまとめられた長い褐色の髪は艷やかに輝き、キリッとした目元に鈍く光る濃青の瞳に彩られたその顔は道行く旅人達の何人かを振り向かせる程だった。
一方のアリアナは、常にハロルドたちの一歩前を歩き、道行く行商人の馬車から覗く荷や道端に咲く花々に声を上げながら、彼女なりの旅情を満喫していた。
「アリ…アン。まだ道は長いです。あまりはしゃぐと…。」
「大丈夫よ。お兄様。私まだまだ、歩けますわ。」
主筋であり、いまや主君となったアリアナに『兄』と呼ばれるのは、ハロルドには大いに抵抗のあることだったが、当のアリアナはすっかり『ハリーの妹、アン』になりきり、花を手折って耳に差して笑っている。
「健気だね。父親が殺されたばかりというのに。」
父親が殺されたからこそ、はしゃいで見せてるのかと熱いものを堪え、ハロルドは立ち止った。アリアナの母親はハロルドが仕官する前、まだ、アリアナが極々幼い時に亡くなっていた。改めて、思えば、あの日、主はハロルドを呼び付け、『お忍びを命令』したのだった。
「チャールズ様は、こうなる事を事前に察知していたのかもしれません。」
アリアナを見ながら、ハロルドは誰に言うでもなくひとりつぶやいた。
「名君だったからね。」
エマの言葉に、ハロルドは静かに頷いた。
「それにしても、エマ殿。巻き込んでしまって申し訳ありません。」
「あんた。その喋り方、何とかならないのかい。これじゃあ名前変えたってあんたの喋り方でバレちまうよ。」
「しかし、私は…。」
ハロルドは、幼少期より子爵家の近衛騎士として相応しい立ち居振る舞いを教えこまれてきた。その教育と習慣は簡単に変えることはできない。
「もう、あんたは私の甥だし、あの子の兄だ。あの子の為だよ。」
「ねえ、お兄様。叔母様。町まではあとどのくらいかしら。」
「アンは楽しそうね。」
「ええ、叔母様。私、旅なんて初めてだから嬉しくて。」
アリアナは一層楽しそうに、先に進んでいく。
アリアナの横には、古いながら、装飾の良い馬車がのんびりと走っていて、御者と何か話している。
ふと、馬車が止まった。
「金目のものを出しな。」
馬車の前にたちはだかった男が、大声で叫び、白昼の街道に緊張が走る。
巻き込まれるのが嫌なのか他の商人や旅人は足早に脇をすり抜けていく。ハロルドは慌てて駆け寄り、背中にアリアナを隠して男たちを見た。
全部で8人。
短剣や槍など思い思いの武装しているもののハロルドから見れば、人数頼みで、剣術の心得など何もないのは明らかだった。
「ほう。騎士様か。でも、流騎士を恐れる俺らじゃないぜ。怪我をしないうちに消えな。」
それでも、短剣を持ったリーダーらしい男が凄むとアリアナは軽く飛び上がって、ハロルドの服をギュッと掴んだ。
「騎士様。どうかお助けください。」
馬車の主人らしい老婦人が、幌の隙間から怯えたように、顔を出す。
軽く頷くと、ハロルドは、鞘をつけたままの剣を構えた。