急変した日常~アルフィールドの街~5
「では、私はアン、ハロルドはハリーにしましょう。敬語は禁止ですよ。ハロ…いえ、ハリー。」
アリアナは、せっかくの名前だからと悩みに悩み、ようやく偽名を決めると、にこやかに笑った。
ハロルドは、頷きながらも、この先の旅が少し不安になった。
旅。
皇帝陛下の治世で街道が整備され、商人が行き交うようになったとはいえ、街道には賊や野犬の類が出ることも多く、まだまだ危険なものだった。
アリアナはもちろんのこと、ハロルドでも、この街から出た事は騎士団の遠乗りで隣の村までが精一杯。
アリアナも不安は感じていたようだった。
「ねえ、エマさん。アンドーヌをご存知なら、貴女も一緒に来てくださらない。旅は初めてで、私達だけでは不安なの。」
ハロルドは、一瞬、反対しかけたが、 正直、旅慣れたものがいることは心強く、そして、エマであれば、不都合が生じた際、消すことも可能だという考えに達しすぐに翻意した。
しかし、エマはアリアナの申し出を冗談とばかり笑いながら、軽くいなす。
「私なんかが、お側につけるわけ無い。平民以下ですよ。」
エマにとっては当然の対応であったが、それを見て、なおアリアナは丁寧に頭を下げた。
「今、私は、アルフィールドからアンドーヌまで、仕官を求め、旅する兄ハリーについていく妹のアンです。是非、旅に不慣れな私達の為に力を貸してください。」
エマは慌てて、立膝をつき、頭を垂れ、臣下の礼をとる。
「確かに、そこの騎士様だと頼りないところもあるだろうし。」
エマのその言葉にアリアナは、嬉しそうに笑った。
すでに、アリアナはエマの役割まで決めていた。
「では、エマさんは旅慣れぬ私達兄妹の叔母さんということでお願いします。」
「『おばさん』か。まぁ、『姉』は無理かね。やっぱり。」
エマはそうぼやいたが、どこか嬉しそうな顔をして、手早く荷物をまとめていた。
こうして、アンとハリーの兄妹それから、叔母のエマの『家族』は亡き父、主の無念を晴らし、家を再興するために、アルフィールドを旅立った。